okamotosan_vol3

 

森林総合研究所の岡本朋子さんが解き明かす、植物と昆虫の相利共生の世界。【1】私がリケジョになった理由, 【2】あなたなしでは生きていけない に続き、 “花の匂い戦略”についてご紹介します。(全4回)

 
花の成分のうち、昆虫が反応する成分をしぼりこむため、ガスクロマトグラフィーで花の成分を単離しながら、同時に、電極にセットした虫の触角の電位差から反応をみる。こうした手法をエレクトロアンテノグラフィー (EAG) という。
 

vol.1 私がリケジョになった理由

vol.2 あなたなしでは生きられない

 
 

雌花が雄花のマネをする?

vol.3-2
キールカンコノキの花粉を授粉するハナホソガ(写真提供:岡本朋子さん)
 
岡本さんが研究するカンコノキ(コミカンソウ科)という植物は、ハナホソガという特定の蛾に受粉を頼っています。ハナホソガにとっても、子孫を残す上でカンコノキは必須のパートナー。しかし、数ある植物の中から、ハナホソガがカンコノキを見分けるのは至難の業・・。そこで、見た目が地味なカンコノキは、なんと “匂い” で存在をアピールしているのです。(詳しくは前回のリポートを参照)
 
― 植物のオスとメスって、見分けにくいですよね?
 
「オスとメスで形や機能が異なることを性的二型といって、カブトムシの角とかクジャクの羽とか、動物ではよくありますよね。でも、植物では、まれです。一般的な植物では、雄花と雌花で同じ虫に来てもらわないと受粉できないので、雄花と雌花で似る必要があります。同じ匂いでないと昆虫が上手く花粉を運べないこともあるので、通常は雄花と雌花で匂いが似るように、種内で擬態しあっていると考えられています。」
 
 

― なるほど。ちなみに、雄花が雌花に似せているのですか(女装?)それとも逆(男装?)ですか?

 
「雄花は虫が来るほど、繁殖の機会が増えるわけですが、雌花は花粉が1回つけば十分です。それに、雌花は種子をつけることにエネルギーを費やさなければならないので、虫を呼ぶ匂いを作り出すことに、あまり投資できないんです。なので、雌花が擬態し雄花に似せることで、たまに勘違いして雌花にも来てね♥という仕組みです」
 
 
― あれ…でも、匂いを頼りに授粉するハナホソガにとっては、匂いが似ていると困りませんか?
 
「そうなんです。雄花と雌花の区別ができないと、花粉をたっぷり持っている状態で再び雄花に行ったり、逆に花粉がないのに雌花にばかり行く可能性が高まるので、効率的に授粉ができません。授粉できないと、自分の子どものエサになる種子ができないので、雄花と雌花を明確に区別して訪れる必要があります。一方、植物から見ると、ハナホソガが、ちゃんと雄花と雌花を区別して授粉してくれるので、わざわざ雌雄で匂いを似せる必要がありません。なので、コミカンコウでは花の匂いに雌雄で違い(性的二型)が見られるのではないかと考えました。そこで、ハナホソガが花粉を運ぶ植物と、運ばない植物で花の匂いを比べてみると、やっぱり、ハナホソガによって花粉を運ばれる植物だけで、匂いの性的二型がクリアに見られるということが分かりました。」
 
 
― ハナホソガとの関係で、植物としての特殊性があるんですね!
 
「この研究から、植物の (花の匂いの) 進化に昆虫の行動が関わっていることを示すことができ、2013年の論文(*参考文献1)で報告をしました」
 
 
 

相利共生の仕組みを研究する魅力

― 本当にうまくできているんですねぇ(しみじみ)
 
「植物、こわい!と恐怖すら感じちゃいます(笑)巧みすぎて、いつも驚かされます。植物は動けないので、食べられないためとか、生き延びるために巧みな戦略をたくさん備えています。研究をしていると、植物って本当にすごいなぁと思います」
 
 
― 植物と昆虫の関係、どちらが、どちらを利用しているのか・・・まさに相利共生ですね!
 
相利共生といっても、助け合いではない、ただ単に自分が利己的に動いたら、お互いに利益があったということなので、基本的には敵対していると言えます。生物っていうのは利己的で、すごくしたたかで。生き物をみるときって、優しくて、助け合っていて・・・特に、送粉共生は “虫は花粉を運んであげて、花は蜜をあげて、お互いを助け合って素晴らしい!”と見てしまいがちですが、実はそんなに甘いもんじゃないんです。お互いが生き残るべく戦略を進化させていったら、たまたま互いに利益があった、そういうところに私は興味があります」
 
 
― むしろ、したたかさに惹かれたと?
 
「そうですね!サバイバルな相利関係が面白いから、この研究は面白い。(植物は)頭はないけど、頭いいなって思うところが面白いんです!生物に対する“みかた“が変わりますよ」
 
 
研究の面白さを語る岡本さんの興奮が、こちらにも伝わってきました。面白い!と思う気持ちこそが、研究の原動力なのですね。次回はついに最終回です。研究の裏話やリケジョに向けてのメッセージをお伝えします。
 
 
【参考文献】
1)Okamoto, T., A. Kawakita, R. Goto, G. P. Svensson & M. Kato (2013) Active pollination favours sexual dimorphism in floral scent. Proceedings of the Royal Society B 280: 20132280.
 
2)コミカンソウ科とハナホソガ属の共生について(2002年に奄美大島のウラジロカンコノキで発見)
http://www.ecology.kyoto-u.ac.jp/~kawakita/Phyllantheae-Epicephala_mutualism/Japanese.html
 


バックナンバー

 
vol.1 私がリケジョになった理由
vol.2 あなたなしでは生きられない
 


【森林総合研究所とは】
独立行政法人森林総合研究所は、森林・林業・木材産業に関する総合的な研究機関。
森林を育て、有効に活用するため、微生物、植物、昆虫、動物を含め、環境の保全から資源の活用まで幅広い研究が行われている。
公式HPはこちら:http://www.ffpri.affrc.go.jp/index.html

 
岡本さんプロフィール

profile

岡本 朋子(おかもと ともこ)さん
日本学術振興会特別研究員 PD/
独立行政法人 森林総合研究所 森林昆虫研究領域

 
大学時代の専攻:京都大学大学院 人間・環境学研究科 相関環境学専攻
オフの日の過ごし方:サイクリング、編み物、消しゴムはんこ作成など
趣味:貝拾い、珈琲、料理

 
 
ライター プロフィール

profile

堀川 晃菜(Horikawa Akina)
 
知りたい・伝えたい、が原動力の「つたえるリケジョ」
同じことでも伝える人や伝え方によって、生み出されるものが違うからこそ、
究極のコミュニケーションって何だろう、と思います。企画力、表現力を磨きたい。
 
かつての専攻はバイオテクノロジー、研究パートナーは大腸菌。
農薬&種苗メーカー、科学館勤務を経て、ライター・編集者に。