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大学・大学院を修了した後、一人前の研究者として企業に就職するか、はたまた大学で研究を続けるか――多くの理系学生はこうした悩みに直面するはずだ。

大学などのアカデミアで働くことは、身近で実例があるのでイメージが沸くが、そもそも「企業の研究者」というのはいったいどういう職業なのだろうか。

大学での研究活動と何か違うことはあるのだろうか。進路を決めるうえでは、企業研究者の実像を知り、そのメリットとデメリットを理解する必要がある。

「ビジネス」としての研究――テーマは上から降ってくる!

一般論として、企業の研究活動はビジネスニーズに合わせたものとなる。もっと直截的な言い方をすれば「営利目的の研究活動」という側面が強い、ということになる。

もちろん、企業の研究活動の中には「社会貢献」や「イノベーション促進」という観点から収益を求めないテーマで進める場合もあるが、そういうテーマに取り組むことを通して将来収益に貢献する人材を育成することを狙ったり、他にも収益に結び付くテーマを並行して走らせたりすることによって持続可能なビジネスに結びつけることが求められる。

 

企業の研究活動は「営利目的の研究活動」という側面が強い Photo by iStock

 

また、営利目的であることは同時に、研究成果が実際に商品やサービスとして世に出る可能性があることを意味している。企業の研究者がもっともモチベーションを感じるポイントだろう。また、利潤を伴う研究であるが故に企業研究者の給与は一般的に、大学におけるそれよりは高めに設定されていることが多い。

だから、企業の研究所に入ったら「自分から研究テーマを見つけてきて取り組む」というようなスタイルとなることはまずないだろう。仮にそういうことが許されている会社でも上司に許可をもらうことは最低限必要だろうし、会社のお金を使うとしたら予算化が必要なので「重役会にかけるからプレゼンしろ」などと言われるかもしれない。

となれば、多くの企業の研究者にとって研究テーマとは「上から降ってくるもの」、すなわち上司などから「こういうものを作って欲しい」とか「こういう課題があるんだが」と言われて取り組むものではないかと思う。

だから間違っても「私は博士号を持ってるんだから会社でも好き勝手にさせてもらえるはずだ」などとは考えない方がよいだろう。

もちろん、大学院を出ているからという理由だけで入社早々第一線、最優先のプロジェクトを与えられてバリバリ働かせてもらえる……なんてこともあり得ない。修士だろうが博士だろうが、新しいところでスタートする時にはまずは下積みから……である。僕だってそうだった。

そういった意味では、企業の研究者は大学と比べると自由度がやや少ないといえるだろう。

個人ではなく、チームで研究する

さて、「テーマの選定」以外に企業の研究ならではという特徴を挙げるとするならば、それは「チームを組んで実行する」ということだろう。

今でこそ大学の研究においても所属する研究者が他大学・研究機関の方々と共同で研究する機会が増えてきているが、そもそも研究成果をビジネスに結び付ける企業の場合、研究開発の開始から終了まで1人の研究者が企画・実行することなどほぼあり得ないと言っていい。

たとえば僕の勤め先を含めた製薬業界においては、最初の「シード(種)」となる化合物こそ1人の研究者がデザインと合成を担うことはあるだろう。だが、以後の非臨床研究→臨床研究→申請→承認→上市という流れの中で関係する人の数は雪ダルマ式に増え、折々に予算を確保するための経営陣との関わりを考慮すれば、途方もない数の人たちがチームとして研究開発の推進を担うことになるのだ。

 

途方もない数の人たちがチームとして研究開発の推進を担うことになる Photo by iStock

 

大学・大学院の学生であるうちに英語での学会発表が何度もできれば理想だが、社会人になってからでももちろん遅くはない。会社こうなってくると、研究を推進していく上で避けて通れないものとして登場するのが「会議」だ。

研究畑を進んできた皆さんには往々にして会議を毛嫌いする方が多い。かく言う僕もかつてはその1人だった。でも、1人で黙々とやり続ける研究ならともかく、同じテーマに専門・担当が異なる2人以上の研究者が関わるのであれば話し合いによる合意形成は必須となる。

一研究者の立場としては、自分が最もやりやすく、思った通りの結果が出やすい方向に進めたいと考えることだろう。しかし仮にその研究者の考えがその部署全員の総意であったとしても、同じプログラムに携わる他の部署の代表者の利害とは一致しない可能性がある。関わる人の数が増えれば利害の組み合わせがさらに複雑化するからこそ、会議を通してプロジェクト全体の方針を決めていかなければならないのだ。

不思議なもので多くの場合、会議を通してきちんと話し合えば、大方針は自然に1つに絞られる。あとはその方針を一担当者、すなわち研究に直接携わる者のレベルまで納得できるように説明できるかどうかがカギとなる。その方針は研究者としては「足枷」となる可能性が高いからである。

 

会議を通してきちんと話し合えば、大方針は自然に1つに絞られる Photo by iStock

 

僕自身は研究所にいた10年以上の間、いろいろな「足枷」に戸惑いながらもプログラム全体のためだと理解して業務にあたった。幸いどの「足枷」も充分納得のいく理由があり、いやになって投げ出したくなるようなものではなかった。むしろ今から振り返ってみれば、そういう「足枷」があったからこそ成功したプロジェクトばかりだったと思っている。

以上のように、企業の研究は複数の人や部署が関与する形で進むのが基本である。だから一匹狼を好む研究者にはあまり馴染めないだろう。

研究テーマは短期間で変わる可能性が高い

これに関連して、もう1つ覚えておきたいのが、研究テーマが短い期間でころころ変わる可能性があるということだ。

ビジネスとして研究をする以上、競合他社の動向や社会の流行・要請など様々な要因によって研究の優先順位が変わることは避けられない。

このため、あるテーマについて腰を据えて取り組もうとしたところに「今あっちのチームで人が足りないから手伝ってあげてくれ」だの「他の会社がうちより早く製品化してしまったから開発中止だ」などと言われる可能性は高いと思っていた方がいい。

 

ビジネスとしての研究では様々な要因によって研究の優先順位が変わる Photo by iStock

 

残念だがこれも企業研究者としての現実である。

また、これはまったく余計なことかもしれないが、企業の研究所は往々にして地方都市に位置していることが多い。大学でも理系の研究所は都会の中心に置かないことが多いが、企業の場合は僕の知る限り、大学よりもさらに田舎に建てられていることが多いと感じる。都会での生活を好む人にはつらいかもしれない。

もっとも、産学協同研究がどの国においても進みつつある今の世の中では、企業が単独で研究所を持つというスタイルがだんだん少なくなってきていると感じる。

特に最近では企業と大学の研究者が同じ町や建物の中で研究するという形で大学のシーズと企業のニーズがより密接につながるようにする試みが進んでいるため、企業の研究拠点も大学へのアクセスがよいところやキャンパス内に併設といったスタイルが今後増えてくると考えられている。

このため「企業の研究所は田舎にある」という固定観念は今後薄れてくるかもしれない。

企業研究者ならではのメリット・デメリット

まとめると、企業研究者は一般的に以下のようなメリットがある。

企業研究者のメリット

大学と比べると給料が高いことが多い。
組織として多くの資金を持ち、優先順位の高い領域にはたくさんの人材が投入される。
研究成果が製品やサービスなど目に見える形で世の中に提供される。

一方で、大学の研究者と比べると以下のようなデメリットがある。

企業研究者のデメリット

研究テーマは基本的に会社が決める。
組織やチームの一員として研究活動に従事することが求められ、研究成果を独占することはできない。
研究の優先順位は多くの外的要因によって変わってしまうため、何年も同じテーマについて取り組むことは難しい。

博士号を取ったら、「博士研究員=ポスドク」すべき?

「企業で研究するか、大学で研究するか」に関連して、博士号取得後に博士研究員=ポスドクをすべきかどうかについて簡単に触れておきたい。

僕が学生だった1990年代、化学系においては博士を取ってから1〜2年の間だけ他の大学の研究室でポスドクをするということがごく普通に行われていた。アメリカの場合は自国内の他の大学に、日本の場合は欧米の研究室に留学の形というのが一般的だった。

大きな目的としては、大学院時代のテーマだけでは研究者としてのキャリア上まだ少し見劣りがするため、異なったテーマに短期間取り組むことにより経験をさらに積むこと。それがひいてはポスドク終了時の進路(大学のポジション獲得もしくは企業就職)にプラスに働けばとの願いも入っていた。ただ僕の場合は、博士号取得を目前にして企業就職が決まったため、結果としてポスドクはやっていない。

翻って現在では、キャリア形成の考え方もずいぶん多様化していると感じる。一般論として大学に残りたいのであればポスドクをする方が圧倒的に多いが、企業の就職にメリットがあるかどうかは業種や専門分野によって異なると思う。

もっとも、日本の企業への就職を目指すのであれば海外での1〜2年のポスドク経験は「外国語が堪能」とみなされ就職に有利に働く可能性はある。それくらい外国語の堪能な理系学生は社会に求められているのである。

ただし、就職活動において海外経験だけを売りにすると、就職後に通訳扱いされる可能性があるので個人的には勧めない。研究ができるだけでなく語学も堪能……という形で自分を売り込んでいけるよう、研究者としてのキャリアと経験・実績を積んで欲しいと思う。

それから、企業の研究所が有期雇用の研究職を募集しているのであれば、それに手を挙げる形で経験を積むのもキャリア形成においてプラスになるだろう。

ただこういう「企業ポスドク」のようなポジションの場合、雇用期間の終了後に正社員登用……ということが必ずしも保証されているわけではないことは理解しておく必要があるだろう。また、研究テーマについても会社から与えられたものに取り組む形になる場合が多いことに留意しておきたい。

企業研究者のための人生ガイド
進学・留学・就職から自己啓発・転職・リストラ対策まで


日本で働く研究者の約84万人のうち、約6割を占めているのが企業研究者だ。しかし、企業秘密などを扱う関係からか、企業研究者の実態はあまり知られていない。米国の大手製薬会社で研究者として活躍した著者が、自らの体験をもとに、企業研究者に求められる資質やキャリア形成にあたって注意すべき点などをアドバイス。

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