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企業活動の国際化に伴い、ビジネスの現場では、外国語をネイティブ並みに扱える能力が求められている。企業研究者とて例外でなく、海外に研究拠点があったり、上司が外国人であったりすることが増え、もはや「日本語だけで業務を遂行することなど不可能」な状況になりつつある。

とはいえ、日常業務で超多忙な企業研究者が外国語習得のための時間を捻出することは困難を極める。そこで必要になるのが、正しく効率的な勉強法だ。

『企業研究者のための人生設計ガイド』の著者で、日米英の企業研究所を渡り歩いた鎌谷朝之氏は、誰にもできる極めて簡単な方法で、ネイティブとディベートできるほどのヒアリングとスピーキングの技術をマスターした。その「とっておきの英語の習得方法」とはいかなるものか?

理系研究者も、今や外国語が必須!

僕にはかねてから、理系の教育カリキュラムで「どうにかならないか」と思っているところがある。それは「どうやって『理系では今や外国語が必須』という意識を中学・高校レベルで植え付けることができるか」ということである。

特に高校における進路選択に際して「英語ができる人はとりあえず文系」「数学ができる人はとりあえず理系」という割り振り方が相変わらず行われているのが残念だ。そもそも英語を必ずしも必要としない文系の職種はたくさんあるだろうし、英語を含めた外国語が得意な方が将来のキャリアアップのプラスになる理系の職種だって少なくないと思う。

例えば製薬会社の研究職は、まさに「外国語が得意な人大歓迎」のカテゴリーに属する。仮に内資の製薬会社に入ったとしても、今やどの日本の会社も海外に研究開発の拠点・提携先がある時代である。

メールのやり取りに英語が使われるのはもちろん、部署によっては上司や部門長が外国人となって報告や会議が英語になってしまうことだって珍しいことではなくなっている。つまり「日本語だけで業務することなど不可能」と言い切ってもいい状態なのだ。

 

例えば製薬会社の研究職では、上司や部門長が外国人になることもあり、「日本語だけで業務することなど不可能」と言ってもいい状態だ photo by iStock

 

また最初の数年こそ国内の研究所に所属していても、そのうち提携先の海外研究所と共同の業務が要求され、場合によっては「出向」の形で数年単位で海外に行かされる可能性だってある。

製薬会社では今のところは英語圏もしくは英語が通じる国の研究所が主力なので英語さえできれば大丈夫だが、もしあなたが中国語など英語以外の外国語もできるのであればもう鬼に金棒、あっという間に引く手あまたになることだろう。

ところで「外国語でのやり取り」と聞いてまず思い浮かぶのは英語であり、それも超大国・アメリカの人たちとの論戦をイメージされる方が多いと思う。これが日本人にとってハードルをさらに上げる要因となっている。

アメリカでは小学校からプレゼンテーションやディベートの機会が与えられ、とにかく人の前面に立って主張することが求められ続ける。アメリカ人と一口に言っても個性はそれぞれ十人十色、おとなしい人もいれば活発な人もいるが、こと議論をすることにかけては一人残らず百戦錬磨の達人と言っていい。

こんな彼らとどう対峙していくのか。僕の経験談として詳しく披露したい。

学会で発表する経験を積む

「学会」というと大学関係者だけの集まりという印象もあるかもしれないが、企業研究者向けの学会もたくさん存在するし、大学・企業双方が参加するものだってある。

こういう学会は大学時代の同級生や先輩・後輩、はたまた同業の知り合いにばったり出くわして旧交を温める貴重な機会となることは言うまでもないが、何よりも最新の研究成果を目の当たりにでき、実際に担当した研究者と話す機会でもあるわけだから、会社員になってもぜひ機会を見つけて参加してもらいたいと思う。

もちろん参加するだけでなく発表もして欲しい。それもポスターではなく口頭発表で、そして国際学会で。

「え〜、そんなことできないよ!」と思う気持ちはよくわかる。僕だって大学の卒業研究の発表会の時、たった5分の日本語による短いプレゼンだったにもかかわらずガタガタ震えてまともにしゃべることができなかった苦い記憶がある。

でも勇気を振り絞って(というより完全に開き直って)あちこちで下手糞なプレゼンを散々やりまくった結果、今では日本語でも英語でも1時間以上しゃべり続けることが苦でなくなった。要は何度場数を踏むかが勝負なのだ。だったら大きな会場でたくさんの人たちを相手に説明する口頭発表を、そして日本人以外の人もたくさん集う国際学会において英語でやる方がよっぽどいい勉強になる。

大学・大学院の学生であるうちに英語での学会発表が何度もできれば理想だが、社会人になってからでももちろん遅くはない。会社の仕事を学会でしゃべるとなると、知財部門などいろいろな方面に許可を取らなければならないという面倒さはあるが、それだけの手間をかける価値があると太鼓判を押して言える。

僕はこれまで、会社の研究所で関わった研究の成果をあちこちの大学や学会で発表・講演しているが、その度に聴講した皆さんからとても有益なフィードバックをもらい、後々の業務に大いに役立てることができている。皆さんも将来、機会を見つけて取り組んで欲しいと願っている。

また、「国際学会」だからといって外国に行かなければならないとも限らない。日本で開かれる国際学会も多いので、そこで英語でプレゼンするだけでも充分勉強になる。

若い研究者の「表現力」が研究生を魅力的にする!

僕はこういう学会で若い世代の皆さんがしゃべっているのを見るたび、日本人の英語能力も少しずつ上がってきていると感じて嬉しく思っている。ただこういう若い人たちはたいていポスター発表の方に回されているのが残念だ。

大きな会場でしゃべっている日本人は企業のチームリーダー格か大学の教授・准教授のレベルばかりだが、こういう人たちの英語の発表は見ていて正直つらい。研究成果としては非の打ちどころがないものの、一字一句吟味された発表原稿を丸暗記し、寸分違わずスピーチすることに集中される方ばかりで、結果的に発表があまりにも味気なく映り、印象に残りにくいものとなってしまうのだ。

価値に乏しい研究成果であるにもかかわらず、それがいかに素晴らしいかを力説するアメリカ人研究者の発表の方がいい意味でも悪い意味でも聴衆に強烈な印象を残すのは笑えない話である。

企業の管理職の皆さんはぜひ、自分ではなく部下の若い人たちに発表の機会をもっと与えて欲しいと思う。

ディクテーションで英語を鍛え直す

発表は事前に準備できるが、研究室での議論となるとそうはいかない。基本的にぶっつけ本番。こうした生の英語を聞き取るのは一苦労だ。

僕はカリフォルニア大学アーバイン校大学院化学科に在籍し、有機合成化学の世界的権威であるラリー・E・オーヴァーマン先生の下で研究を行った。研究分野やレベルとしては日本の研究室と大きく違ったわけではない。しかし、実際に勉強・研究を始めてみて初めて、僕の英語力が同級生と比べて致命的に劣ることに気がついた。

僕は中学・高校時代から英語が得意科目で、リスニングを含めた英会話スキルも頑張って習得し、大学時代にも外国からの研究者の講演会を聴講するなどして研鑽に励んでいたつもりだった。しかし残念なことに、それでは到底不充分だったのである。

中でもディベートの時間は拷問だった。講義やプレゼンテーションの場ではゆっくり、丁寧に説明するアメリカ人もひとたびディベートモードに入るとマシンガントークが炸裂、喋るスピードが何倍も速くなる(少なくとも僕にはそれくらい速く聞こえる)。

普段おとなしくしている女の子が目を吊り上げて猛スピードで反論する様子を間近で見た僕は驚愕のあまりその場で一言も発することができなかった。そもそも一語たりとも聞き取ることができないのだ。これでは対抗どころか、議論の輪に加わることすらできない。

頭にきた僕は一念発起、こいつらに負けてなるものかと英語の勉強をやり直すことにした。そのためにやったのがアメリカ映画を「ディクテーション」するという手法である。

「ディクテーション」とは同じ内容を繰り返し聞いて書き出す、いわゆる「テープ起こし」の形による勉強法だ。ネットなどで調べていただければわかるが、この方法を使えば誰でもどんな言葉でも聞き取り、喋ることができるようになる。

問題はこの勉強法が「拷問」に近い苦行であることだ。どんな美味しい料理でも毎日食べさせられたらさすがに飽きるが、それは英語の教材も同じ。ディクテーションではそれを我慢して一語一句聞き取れるようになるまで聞き取りを徹底的に強制する勉強法だ。

試しに数秒の英会話をディクテーションしていただくとわかるが、どんなにマシンガンのようなスピードで話される言葉でも20回も聞けばほぼ全部の単語が聞き取れるようになるばかりか、英語独特の言い回しを含めたすべてのフレーズが脳内に刷り込まれ、頭から離れなくなり、自分でも正しく発音することができるようになる。

同じ理屈で、映画1本を20回鑑賞すればどの単語も聞き取れ、多くの表現が体に刷り込まれるという発想だ。

この勉強ができるかどうかがあなたの語学力を決めると言って過言ではない。逆に言えば、ディクテーションによる勉強を拒否する人に英語を含めた外国語をマスターすることは絶対にできないと言い切れる。それくらい効果てきめんな勉強法である。

では、ディクテーションの教材として映画を選ぶなら、どのような映画を選ぶべきだろうか?

例えばディクテーションの教材としてアメリカ映画を選ぶとするなら、どの映画を「ディクテーション」するかはあなたがどの映画が「20回見られるくらい好き!」と言い切れるかにかかっている。好きでもない映画を20回も見ようとすれば絶対に挫折する。だからあなたが一番好きな映画を選んでほしい。できれば「解答」となる英語字幕のあるDVDやブルーレイディスクで選んでいただくとよいだろう。

僕がアメリカ留学時代、現地の英語をマスターするバイブルとした映画はクエンティン・タランティーノ監督の出世作『パルプ・フィクション』だ。

 

『パルプ・フィクション』(1994)のポスターと並ぶクエンティン・タランティーノ監督 photo by gettyimages

 

全編不適切な俗語と暴力に満ちた問題作だが、僕は大学院留学1年目に映画館でこの作品を初めて見た時に一語たりとも聞き取れなかったことにショックを受け、ビデオを買って2年かけて20回以上鑑賞した。これによってアメリカ人の同級生たちがしゃべっている他愛のない会話や授業でのディベートがようやく聞き取れるようになったのである。

英国映画のディクテーションでクィーンズイングリッシュをマスター!

英語圏ながらアメリカとあらゆるところで異なる国・イギリスを理解するためにぜひ活用したいのが「イギリス映画のディクテーション」だ。ただ「日本でよく知られているイギリス映画」というと『007』に代表されるスパイ物や『ノッティングヒルの恋人』『ブリジット・ジョーンズの日記』のようなラブコメくらいかもしれない。

これらのジャンルで勉強するのも悪くはないのだがどちらのジャンルもお話の設定が庶民の生活とはかけ離れていて、ディクテーションの教材としてはあまり適切でないかもしれない。

そこで僕がイギリス人と渡り合う教材として強力に推す作品をここに2つ紹介したい。1つ目が『ホット・ファズ─俺たちスーパーポリスメン!』、もう1つは『カレンダー・ガールズ』である。

前者はアメリカのアクション映画をこよなく愛するキャスト、スタッフたちが作り上げたイギリス版「バディ・ムービー」だ。

 

『ホット・ファズ─俺たちスーパーポリスメン!』(2007)のエドガー・ライト監督(左)、脚本・主演のサイモン・ペグ(中)、準主役で出演のニックフロスト photo by gettyimages

 

アメリカのバディ・ムービーといえば2人の異なる個性を持った男たち(だいたいが警察官もしくは刑事)が反発しあいながらも最終的には事件の真相に迫り、銃撃戦やカーチェイスなど派手なアクションを経て犯人を逮捕するという筋書きで進むドラマであり、『ホット・ファズ』もその流れを百パーセント踏襲している。

しかしこの映画は主人公のキャラクター造形、黒幕の設定、最後のアクションいずれをとってもアメリカ映画ではあり得ない黒い笑いに満ちた内容となっており、イギリスでの公開時に大ヒットを記録した。

国が違えば笑いのツボも異なるといわれているが、この作品はその最たるものであり、(日本でもよく知られている)モンティ・パイソンによる一連のコントに始まるイギリス流のブラック・ユーモアの系譜に連なる傑作だと思う。

アクションやブラックコメディが苦手な方に勧めたいのが『カレンダー・ガールズ』だ。

 

『カレンダー・ガール』の監督ナイジェル・コール(中央)を囲む、ヘレン・ミレン(監督の右)ら"カレンダー・ガールズ" photo by gettyimages

こちらはイギリスの片田舎に住むオバサマたちが近所の病院のソファーの座り心地の悪さに不満を持ち、寄付金を募って新しいものに買い替えるべく文字通り一肌脱ぐという心温まる実話を映画にしたものだが、サンドイッチを含めたイギリスの地方都市ならどこにでも必ずいそうな個性溢れるご婦人たちが次々登場。夫や息子などの男衆をタジタジにさせるバイタリティーが痛快。特に女性の皆さんにお勧めしたい作品である。

どちらを選んでいただいても結構。大切なことは1つの作品を10回以上鑑賞し、台詞を一語残らず頭に叩き込むことである。私はこのやり方で生の英語をマスターした。騙されたと思ってぜひ試して欲しい。

ちなみに、気さくで直截的な表現を好むアメリカ人にとってイギリス英語(クィーンズイングリッシュ)は高尚に聞こえるために潜在的なコンプレックスがある。このため、高飛車に議論を吹っ掛けるアメリカ人にイギリス英語で切り返すといい感じに委縮してくれ、話を聞いてくれるようになることが多いということをこっそり(笑)申し添えておこう。

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日本で働く研究者の約84万人のうち、約6割を占めているのが企業研究者だ。しかし、企業秘密などを扱う関係からか、企業研究者の実態はあまり知られていない。米国の大手製薬会社で研究者として活躍した著者が、自らの体験をもとに、企業研究者に求められる資質やキャリア形成にあたって注意すべき点などをアドバイス。

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