次世代の実験装置として期待されているマイクロ化学チップ。手のひらサイズのガラス基板の中で、ごく微量のサンプルで短時間に化学実験や分析が完結できてしまう魔法のようなデバイスです。化学、医療、農業ほか様々な分野で、これまで多額の費用と時間をかけて行ってきた実験や各種分析の低コスト化、省エネ化を可能とし、アカデミア研究だけでなく、飛躍的な産業の発展につながると言われています。
 
量産化技術が確立されたことでいよいよ本格的な普及段階に入ったこの技術、発明した東大の北森武彦教授(元東京大学副学長)と台湾を拠点に実用化を進める栗原董事長(北森微流體研發股份有限公司代表)に、これからの世界で活躍するために必要な能力とその磨き方についてお話を伺いました。(聞き手:パーソルテンプスタッフ株式会社研究開発事業本部本部長 桐渓克巳)

※北森先生の発明したマイクロ化学技術については、過去記事にて詳しくご紹介しております。
手のひらに乗る化学工場。バイオ、医療など様々な分野に応用が期待されるマイクロ化学とは?

左から、栗原董事長、北森先生、桐渓本部長(撮影:パーソルテンプスタッフ株式会社)

北森武彦先生
マイクロ化学技術の生みの親。元東京大学副学長。現在は台湾・国立清華大学 玉山栄誉講座教授、スウェーデン・ルンド大学 名誉客員教授、ベトナム国家大学・ハノイ自然科学大学 顧問ディレクター、東京大学 特任教授、マイクロ化学技研株式会社 最高技術顧問を兼務。

栗原光宏董事長
大手電機メーカーにて長年にわたり海外事業責任者を歴任。2021年6月より北森微流體研發股份有限公司の董事長。北森先生が確立したマイクロ化学技術の実用化と普及に尽力している。

国籍問わず優秀な人材が求められる時代

桐渓:はじめまして。パーソルテンプスタッフ研究開発事業部の本部長を務めております桐渓と申します。今回はお二人にインタビューをさせて頂きますのでよろしくお願いします。

本日はまず、お二人が感じていらっしゃる、現在の日本における人材面での課題についてお伺いしたいと思います。

北森:少子化は着実に進んでいて、若手の人口は半分になってきている中、いかに優秀な人材を確保するのか、というのがイノベーションのカギになってくると思います。

日本企業も大学もこれまで以上に海外の優秀な人材を獲得するようになり、ますます国際化は加速していくでしょう。

ただ、日本の文化としてあまり自己主張をしない人が多い。それではディベートをやってきた彼らには勝てない。そこは大きな問題だと思います。

栗原:役職ではなく、ジョブ型にしていくということを真剣に考えていった方がいいと考えています。日本は「課長をやっていました」などと面接で言う人が多いが、結局、課長として何をしていたのか、ということを言えることが重要。これからは何でもできそうなジェネラリストであることが必ずしも重要ではない、ということを認識したほうがいい。海外で働いていた私自身の経験を踏まえると、自分は何ができるという「ジョブディスクリプション」が重要だと思っています。

桐渓:自己主張が苦手な上に、さらに英語コンプレックスがある人も多いでしょうから、国内でも海外の優秀な人材と競争していくことになると大変ですね。

北森:語学については、間違いを恐れる必要は全くないです。私は国際学会に多く出席してきました。40歳くらいになって気が付いたのですが、英語が母国語ではない人は、例えば「時制」なんて気にせずとにかくしゃべってくる人がいます。英語の中にフランス語を混ぜて話している人なんかもいて、聞き取る方が大変なんですよ。でも、正しい英語でなくても主張をする彼らと接しているうちに「ジャパニーズイングリッシュの何が悪い」と開き直ることが出来ました。大切なのは、自分が主張したいことを相手に伝えるということであり、正しい文法なんかよりも重要だと実感することが出来ました。

グローバル人材に必要な、語学力よりも重要な能力とは

桐渓:自分の考えを相手に伝えるということは、簡単そうでいて実は非常に難しいことです。どうすればその能力を高められるでしょうか。

北森:伝わるということは、そこに感動させる何かがある、というように考えることができますね。上手いということと、人を感動させることは違います。音楽を例に挙げるとわかりやすいかもしれません。いわゆるテクニックがすごい人はたくさんいる。でも「音楽って素晴らしい」と聴いた人を感動させられる人は少ない。学問の世界でも同じことがいえます。微分方程式がすらすら解ける、いわゆる「頭がいい人」は、東大にもたくさんいます。でも「これはすごい」と人を感心させるほどのクリエイティブな感性を持っている人は本当に一握りしかいない。

人を感動させる抜きんでた才能を持つ人には、必ずと言っていいほど「個性」があります。人に何か伝える=感動を与えるということは、努力や才能以上に「ユニークである」ということが大切なんですね。スポーツ選手を見ていても活躍している選手はみんな、魅力的な個性の持ち主だと思いませんか?これはビジネスの世界でも共通していると思います。

撮影:パーソルテンプスタッフ株式会社

桐渓:個性を磨くために大切なことはなんでしょうか。

北森:個性を磨き上げるのは、興味・感心だと思います。どういうバックグラウンドを持つかでその人が作り出すものが違ってきます。幅広いものへの興味を失わずに触れ続けることが大切だと思います。

栗原:長年海外で仕事をしてきましたが、特に欧米の人は教養の幅が広い人が本当に多いです。ゴルフもやる音楽もやる、美術も分かる。そういう人と一緒に仕事をしていくのに、知らないと恥ずかしい思いをする。仕事のことしか話せないと、本当に話すことがなくなってしまうんですね。感性が磨かれていないと話が合わないといいますか。研究でも仕事でもセレンディピティが重要と言われていますが、待っていても訪れるものではなく、やはり、普段から興味の幅が広くないと、出会いを活かせませんし、気づけませんね。

個性を磨く、つまり「個人のバリューを上げる」というのは、そういうところから始まると考えています。

桐渓:様々なものに興味を持ち個性を磨くことは、グローバルに活躍するための必須の素養ということですね。

北森:マイクロチップの開発においても、化学だけでなくいろいろな分野の人が集まり、ものすごく多種多様なメンバーで構成されたチームで研究をしてきました。今盛んに言われている「ダイバーシティ(多様性)」ですね。文化・宗教が異なるそれぞれの個性を受け入れ、一つの方向性に向かわせることができる能力が、グローバルでいうところのリーダーシップです。自分自身でいろいろな興味関心を持って磨いた個性がないと、仲間を受け入れられないし相手にも受け入れられない、一緒に目標に向かって進むことができません。

マイクロ化学のイメージ 画像提供:マイクロ化学技研株式会社

真剣勝負とリラックスのバランスが、長く活躍するための秘訣

桐渓:ラボのトップや、会社のトップとして長年活躍されてこられたお二人は、多くの責任やプレッシャーと戦ってこられたのではないかと思いますが、どんな御苦労があったのでしょうか。

北森:日本の研究者が80万人いて、その中で数人しか取れないような研究費を取ってくること、また、取り続けるということを20年くらいやってきました。研究を継続するには、億単位の運営費を毎年取ってこなくてはいけない。一つの大きな研究費を取ってくるだけではだめで、それをいくつか取ってこなくてはいけない。運営に必要な予算が明らかに足りないという年度が2年続いた時には、本当にどうしようかと思いました。そんな修羅場もくぐり抜けて今に至るという感じです。

桐渓:責任重大ですね。プレッシャーは相当ですよね。

北森:プレッシャーに感じていたかどうかは意識できていませんでしたが、大変ではありましたね。研究費の獲得は真剣勝負でした。いかに選考委員を納得させられるか、理論立てて勝負に挑んでいました。でも、そういう勝負は嫌いじゃなかったんだと思います。

栗原:予算が取れなくて急に部署が閉鎖するなんてことは企業ではあまりありません。北森さんは大変だったんだな、と、聞いていて改めて感じました。ですが、企業だからストレスがない、なんてことはなくて、やっぱり仕事をするって大変です。若い人にはどうやってストレスをリリースするか、そんな技術を身に付けて欲しいと思っています。仕事の事を休日に全く思い出さないくらい集中できる、そういう趣味のある人の方がアクティブに仕事を進めてくれる気がしています。自分自身は30歳代に海外に単身赴任してしまったので、いろいろな国で生きていくために一生懸命でしたが、少し海外の生活に慣れてくると、特にヨーロッパは芸術に触れるチャンスが多く、絵画や音楽などに触れてストレスをリリースしていたように思います。

撮影:パーソルテンプスタッフ株式会社

グローバル人材を採用する側は何を見ているか

桐渓:お二人は採用面接をされることも多いと思います。どんなところを見て判断されていらっしゃいますか。

北森どんなビジョンを持っているのかということを一番大事にしています。論文の数は所属していた研究室に依存するところが多い。ですから、論文の数も大切ですが、それよりも、その人が今後どうしていきたいと考えているのかをしっかり聞くようにしています。それは結局、リーダーシップにもつながりますし、5年後に何を任せられるのかをこちらもイメージができる。

栗原:企業も似たところはあります。今の課題を改善できるソリューション型も必要ですし、ブレークスルーができるリーダーシップ型も必要。マネジメントに特化した人材もいて、組織として成り立っています。

「VSOP」をご存じでしょうか? 20歳代でバイタリティー、30歳代でスペシャリティー、40歳代でオリジナリティー、そして50歳代になったらパーソナリティーが重要だ、とヨーロッパではよく言われていました。こういうところを意識してキャリアを積んでいると感じられる人材は積極的に採用するようにしていました。

桐渓:リーダーシップというのは私も見極めたい能力の一つです。

栗原:日本は責任という側面で部下に仕事をさせることが多いですが、先ほど北森先生がおっしゃられたように、海外では多様性を受け入れながら一つの方向に向かせることの方が大事です。ドイツにいたとき部下が仕事の内容に納得がいかない、と抗議してきたことがありました。自分の専門性と与えられた業務内容が異なるからといって文句を言う日本人はあまりいなかったので、最初はびっくりしました。納得すれば、彼らは本気で仕事をしてくれます。進むべき方向性を部下に説明し、彼らをアシストするというのもリーダーシップの一つだと思っています。

桐渓:リケラボの読者は学生も多いのですが、学生のうちからできる能力の高め方などアドバイスがあればお願いします。

北森:先ほど申し上げたことと重複しますが、やはり自分自身にバリュー(価値)をつけるということです。点数を取ることが出来る優秀な学生は多いです。しかしながら、仕事をする上では、出てきた問題を解決するだけではだめです。画一的な学生にならずに、自分のバリューが何なのかをしっかり意識する時期として学生時代を過ごしていただきたいです。

バリューというと難しいかもしれませんが、ユニークネス(個性)といえば、もう少しわかりやすいかもしれませんね。個性を磨くことを意識していただきたいです。

桐渓:マイクロ化学技研台湾(IMTT)は人材を募集されていると伺いました。

栗原:国籍も性別も問いません。「こんなことをしてみたい」というようなアクティブな提案をしてくださる人材でしたら大歓迎です。北森先生の開発した技術は、アカデミックの世界ではすでに高い評価を得ています。これを半導体のように誰もが使える技術、使いたいと思える技術になることが大切だと思っております。そんなビジョンを一緒に実現させていきたいと思ってくださる人と一緒に働きたいですね。

桐渓:北森先生、栗原董事長、本日はお忙しい中お時間を頂きましてありがとうございました。

企業で働くにも、アカデミアで研究を続けるにも、ビジョンを持って仕事をするというのは共通する重要なポイントでしたね。ビジョンを形成するためには若いうちからいろいろなことに興味を持ち、自分自身の個性を磨いて欲しいというメッセージを受け取っていただけたら幸いです。

登壇者略歴
北森武彦(1955年生まれ)
工学博士、東京大学教育学部卒。日立製作所エネルギー研究所を経て東京大学工学部の教員に着任。現在は東京大学マイクロ・ナノ多機能デバイス連携研究機構の特任教授、国立清華大學(台湾)玉山榮誉講座教授、ルンド大学(スウェーデン)の名誉客員教授を兼任。また、マイクロ化学技研株式会社の最高技術顧問、北森微流體研發股份有限公司の取締役(CTO)、スウェーデン 王立科学アカデミー 会員である。
専門は拡張ナノ流体デバイス工学、分析化学、マイクロ・ナノ化学、レーザー分光分析法。趣味はピアノとモータースポーツ。
 
栗原光宏(1955年生まれ)
慶應義塾大学経済学部卒。東芝入社後1987年より海外パソコン事業部にて海外勤務。2001年東芝カナダ社長就任、後、東芝システム欧州社社長、PC&ネットワーク社副社長、東芝ロジスティクス社長を経て2021年6月より北森微流體研發股份有限公司の董事長に着任。趣味は史跡巡り、Walking、ゴルフなど。

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

リケラボは理系の知識や技術をもって働くみなさんのキャリアを応援するWEBメディアです。
研究職をはじめとする理系人の生き方・働き方のヒントとなる情報を発信しています。
理想的な働き方を考えるためのエッセンスがいっぱいつまったリケラボで、人・仕事・生き方を一緒に考え、自分の理想の働き方を実現しませんか?
https://www.rikelab.jp/