マンゴーにさざ波のような表面波を起こすと、熟度がわかる——。果物の硬さを知る新たな計測手法を、芝浦工業大学の細矢直基教授が発表し、話題を呼んでいます。

この手法の画期的なところは、パルスレーザーによって起こした、プラズマによる衝撃波を使うところ。果物の熟れ具合は、触って確かめる計測デバイスが主流です。でも、細矢先生が開発した計測手法では、果物に直接触る必要がなく、マンゴーのような柔らかい果物でも傷めずに計測が可能だというのです。

一体どんな原理なのでしょうか? 細矢先生に今回の研究成果を伺うとともに、振動・音響研究の魅力についてもお聞きしました!

スイカは叩けるけどマンゴーは叩けない、さてどうする?

——マンゴーをプラズマ衝撃波で振動させると収穫時期がわかるかもしれないということですが、どういう仕組みなのでしょうか?

八百屋さんなどでスイカを叩く光景を見かけますよね? 何をしているかというと、叩いたときの音によってスイカの善し悪しを判断しているようです。音というのは、物体が揺れる=振動することによって生まれますが、実が詰まっているかなど、叩くことでスイカが揺れて、そこから出る音の違いなどからわかるといわれています。でも1個叩くのは簡単ですが、スイカが100万個あったらどうでしょう? 1個1秒で叩いても100万秒かかってしまいます。叩いた音を聞き分ける経験値を持った人もたくさん必要です。しかも、スイカなら多少叩いても品質に影響しないかもしれませんが、マンゴーのように柔らかい果物だと傷みますし、損失も大きくなります。そもそもあまり音がしませんね。

——そうすると、柔らかい果物は叩いて振動させられないことになりますね。

そう思いますよね。でも、たとえ音がはっきり出ないとしても、マンゴーの表面にも振動を起こす方法があるとしたら? その揺れを計測すれば、叩かなくてもスイカのように美味しさがわかるかもしれません。しかもその方法が完全非接触、自動なら、果物も傷みません。非接触の計測手法というのは、付加価値の高い技術として有用になるはずです。

——振動を使えば、接触せずにマンゴーの熟度の計測ができるようになるんですね!

振動は、さまざまなところで活用されています。ものが動くと空気を押し出して、音が出ます。動くもので、この世に音を出さずに存在し続けているものは、少ないでしょう。そうした音と振動を人は研究し、利用して技術開発してきました。例えば、電動歯ブラシ。これは単純で、振動を利用して歯の汚れを落としています。また、振動や音響がよく使われるのは検査ですね。ねじ締結体など、構造物の簡易的な非破壊検査では、ハンマーなどによる打音検査があります。ハンマーで構造物を叩き、揺すった時の反応で不具合がないか調べています。さらに、もっと精密なものでいえば、医療で行う腹部エコー検査にも、振動の一種である超音波が使われています。私は長年、振動や音響を使った計測手法や評価手法の開発、また計測のためのデバイスの開発研究などにも取り組んできました。

——なるほど、思っている以上に幅広い分野で利用されていて、マンゴーの熟れ具合を触らずに判定する、という技術も、関連する技術を活かしたものなんですね。

LIP衝撃波とレーザードップラー振動計による完全非接触非破壊のマンゴーの硬さ評価システム
提供:細矢直基教授

自分が持つ技術が青果物にも使える? 論文検索がヒントに

——そもそも、先生が果物の計測法を開発しようと思われたきっかけは何ですか?

研究者ですので、常に論文のネタになりそうなアイデアは探しています。あるとき、自分の専門であるモード解析(※)の世界における研究動向を論文により調べていると、スイカの論文が出てきました。「世界中の研究者が本気でスイカの解析をやっているのか」と感心したと同時に、自分の持つ技術を農作物の計測に活かせるのではないかと思いました。

私は、音や振動を活かすことも、抑制することも両方研究しているのですが、その中でも、レーザーと振動を組み合わせることで、対象物を触らず、完全な非接触で構造物の振動を計測する技術(レーザー加振)が応用できると気づきました。例えば、高出力のパルスレーザーによって空気中にプラズマを起こすと、そのプラズマは急激に膨張します。そして膨張ときに生成された衝撃波が伝播し、対象物を揺らします。この技術が使えると思いました。しかもプラズマ衝撃波を使った果物の計測は、他の研究者がやっていないテーマなので、独自性もあります。レーザー加振技術では、日本、アメリカ、ドイツ、フランスで特許を取得しています。2017年にリンゴの硬さ評価システムを発表し、今回は非接触検査がより高い付加価値につながる果物として、マンゴーを選びました。

※モード解析とは
対象となる構造物の振動しやすい周波数と、振動時の形状を求め、設計に活用する手法のこと。

非接触でもマンゴーに非常に速い振動を起こせるプラズマ衝撃波

——実験の内容について教えてください。

まず調べようとしたのが、糖度とか美味しさではなく、「熟度」だということです。基本的に果物の成熟度は硬さと相関性があるとされています。このくらいの硬さになればこれくらい熟しており、適度な収穫時期だろう、と判断していると思います。果物の糖度や酸度については、光の照射により調べる手法があります。また、果物の硬さ(熟度)は、加振器などの接触式装置による振動や音を活用した手法があります。しかし果物には光を通さないもの、匂いでは判断できないものなどさまざまで、検査手法はたくさんあり、これが最適だというものはありません。そして、マンゴーのように触ると傷みそうな果物の場合は、非接触検査が望ましく、プラズマにより生成された衝撃波で本体に触れることなく振動させる方法は有効だろうと考えました。

マンゴー以外にもさまざまな果物の非接触計測に挑戦している様子
提供:細矢直基教授

——プラズマというとものすごい熱エネルギーを持っているというイメージなのですが、プラズマ衝撃波というのは?

詳細については専門家にお任せしますが、大まかに説明しますと、プラズマによって起こされた衝撃波(音響波)で、圧力波です。プラズマの温度は数千度にもなりますし、実験では強い光も発生しますが、今回使用した衝撃波は、マンゴーの表面から5mmほどの距離のところに起こしても傷がつかず、品質に問題ありませんでした。当然ですが、実用化する前にはきちんと調べなければいけません。

——具体的にはどうやって計測するのでしょうか。

レーザー誘起プラズマ(Laser-Induced Plasma=LIP)で生み出した衝撃波(LIP衝撃波)で、マンゴーの表面にレイリー波(※)を発生させ、その伝播速度で硬さを計測する方法を考えました。高出力のパルスレーザーを空気中に照射し、任意の場所、マンゴーの場合は表面から5mmの場所にLIP衝撃波を形成します。この圧力波は超音速ですから、超高速でマンゴー表面を揺らすことができます。

※レイリー波とは
弾性体(ここではマンゴー)の表面に伝わる波のうち、表面に垂直方向でかつ進行方向を含む面内で振動する波のこと

マンゴーの表面を伝播するレイリー波の可視化。奥行を計測点、横軸を時間、縦軸を計測された振動応答の変位とします。各計測点で得られた振動応答を重ねて描くと左図のようになります。変位を色で表したものが右図のようになります。右図のΔで示された直線の傾きがマンゴーに生成されたレイリー波の平均速度になります。貯蔵時間が増加するに従い、レイリー波の伝播速度が低下することを実験により明らかにしました。提供:細矢 直基教授

——この衝撃波によって起こるレイリー波は、マンゴーの熟成度計測にどんな風に有効なのですか。

過去に私が行ったリンゴを使った研究では、硬さを評価するのにLIP衝撃波を使用し、0S2モード(楕円形に全体が変形するモード)振動数を計測しました。リンゴくらい固いものなら固有振動数が計測できます。しかしマンゴーのような柔らかいものは固有振動数の計測が難しくなるとき(計測しにくい場合)があります。レイリー波は、速く揺することでさざ波が立つように体積変化を起こす表面波です。

——柔らかいとなぜ速く揺するのが難しいのですか?

感覚的な説明になりますが、例えば、机を叩いてみてください。指先で叩くとトントン、ペンで叩くとカンカンというような、音の高低差があると思います。これは揺られている対象物質は同じなのに、起こされた音に含まれる周波数成分(叩くものと叩かれるものとの接触時間)が違うというわけです。マンゴーのような柔らかいものをハンマーで叩くと、ハンマーとマンゴーの接触時間が長くなる分、速く振動させることができません。マンゴーを叩いても音はほとんどしませんし、強くたたきすぎると変形して戻らないので、商品価値がなくなってしまいます。しかしLIP衝撃波を使うと、マンゴーのような柔らかいものに対してもレイリー波を表面に起こすことができます。その伝播速度を計測すれば良いと考えたのです。

そして、果物は柔らかく熟したあとは腐っていきます。もし、硬さが目安となるならば、日毎に計測し、貯蔵日数が経つとレイリー波の波動伝播速度が低下すると思いました。そして、実験によりこの仮説を明らかにしました。したがって、LIP衝撃波で硬さを評価できることが証明されました。また硬さと熟度との相関を明らかにすることで収穫時期も判断できるようにしていきたい、という訳です。

振動や音響の研究で、生活を安心で快適なものにする

——振動がものを計測する仕組みがなんとなく分かってきて、とても興味深いです。

そうだとうれしいです。音や振動の研究は、幅広い分野で活かせるところがとても面白いのです。振動を使っていろいろな計測ができるというお話をしてきましたけれど、一方で、物体が大きく揺れたり、音が出たりすることで、人は不快感を覚えることもあります。そのため、音や振動を活かす技術だけでなく、抑える技術も開発してきました。自動車や新幹線、飛行機などは一昔前に比べればかなり静かで揺れなくなっています。エレベーターにコインを立てて運転しても倒れない、という機械メーカーの宣伝もありますが、技術開発の結果、そこまで振動が抑えられているわけです。

他にも、良い音響のコンサートホールや地震に耐える建物(免振、制震、耐震)を作るためには、要求された性能を満たすように計算され設計されています。私たちが快適で安心だと思える環境に身を置けるのは、大学で数学や物理をきちんと学ぶことで学理を探求できるからだと思います。そして、私たちが快適で安全に生活できるのは、機械系の研究者やエンジニアたち(もちろん様々な分野の人たちも)が振動や音を利用し、あるいは抑える努力を重ね、技術を高めてきたからです。

——振動や音響を利用したり、低減させたりすることで私たちの生活は快適に、豊かになってきた…確かにとても重要です。

振動や音の研究と聞いて、ピン!とくる人って少ないかもしれないのですが、でも実は生活のいたるところで、とても役に立っています。

——先生のご研究も広範囲に及んでいますね。

今回の、振動や音によって果物の品質を評価する(将来的には収穫時期も知りたい)というのは、いろいろある技術を活かした、計測手法の一つです。他にも、プラズマ衝撃波による構造物の損傷を非接触・非破壊で検知するシステム、超音波レベルの振動計測手法でボルト締結体の緩みを検知するシステム、最近では人工筋肉を振動させるスピーカーといったものにも挑んでいます。こうした商社のような幅広さをぜひ知ってほしいですね。

半球形人工筋肉スピーカー。5gととても軽量でどの方向にも同じ音が出せます(無指向性)。
提供:細矢直基教授

宝物を見つけ、いかに物語を紡いでいくかが論文の醍醐味

——この計測手法の開発ではどんなご苦労がありましたか?

マンゴーの計測については、私の仮説通りに比較的うまくいきました。私の使命は、世の中で人々が幸せになるための解決すべき問題を探し、それを解決するための仮説を立てて、実験で証明することです。そして、得られた成果を論文として公表することで社会に貢献することです。私は常々このように思っております。おいしいもの食べることで幸せを提供できる、と考えて果物の研究を実施しております。

ロールプレイングゲームでいうと、宝箱を探すようなもので、「あー、ここにあった!」とか「こんなものがあったのか」ということをデータの山から見つけていくのが楽しいので、そんなに苦はなかったですね。

——同じデータを見ても、知識・経験のあるなしによって気づくことが変わってきますよね。学生では気づけないことを先生が見ると見えるという。

データには良いものもあればそうでもないものも含まれています。例えば、泥の中から砂金の粒やダイヤモンドの原石を探して、それらを磨き、宝飾品などを作る。論文も似ていて、雑味がなくなるくらいに精錬して(枝葉を落とし幹だけの状態にして)、一本道の物語を作っていくのが論文を書くということで、その過程が本当に面白いです。論文は、社会における問題点は何だったのか、それを解決するためにどんな仮説を立てたのか、それによって何がわかったのかといった、一つの物語として紡いでいかなければ人を納得させられるものになりません。それを完成させるのが私の役目で、すべては私次第なので重圧や責任感もありますが、楽しんでやっています。芝浦工業大学は研究者がやりやすい形で後押しをしてくれる体制もあるので、研究力をつけて、社会に役立つ面白いことを追求していけるのがありがたいですね。

——マンゴーの件も、確かに持っている技術で何ができるか、というストーリーラインが感じられます。

そう感じてもらえたならうれしいです。スイカの他にどんな果物があるだろう、おいしいマンゴーをもっとおいしく食べることはできないだろうか、みんながおいしいマンゴーを食べるにはどうしたら良いだろうか、柔らかいけどプラズマを使えば傷めずに非接触で硬さを評価できるのではなかろうか?──と発想をどんどんつなげていったことで、一つの物語になりました。子どもの頃から「こうなったらどうなるだろう」と常識から外れたようなことを考えるのは好きでした。子どもって突拍子もない言動をしますが、そういう発想が研究にも必要なんだろうと思います。いつまでも子どものような柔らかい頭は持てるようにしていたいですね。

——最後に、理系の学生や研究者を志す方へメッセージをお願いします。

一つ言うなら、「何でも良いのでまずやってみたら?」「とことん最後までやってみたら?」ということですね。そのようにできるのは学生のうちだけなのだから、好きなことを好きなだけやってみたら、ということです。そして、「あきらめないこと」です。これらを伝えたいですね。

提供:細矢直基教授

芝浦工業大学 教授
細矢直基(ほそや なおき)

東京都立大学博士課程機械工学専攻。博士(工学)。子どもの頃から機械に興味があり、研究者志望だった。そのためには早い段階から必要なことを学んだ方が良いと考え、高専に進学。その後大学に編入し、素晴らしい先生に惹かれ、機械力学の研究室に飛び込み、振動音響を使ったさまざまな計測手法や非破壊検査などの研究や開発に挑んでいる。

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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