女性の社会進出が進み、理系女性の活躍の場が増えている今の時代でも、まだ男女が同じ状況で同じように受け止められない場合もあります。やはり理系女性にはどんなことが起こりうるのか、知っておくことは大切です。いろいろな分野のさまざまな立場で活躍する理系女性を取り上げた『理系女性の人生設計ガイド』は、迷いや悩みを乗り越える助けになるかもしれません。その一部を、この本の著者のお一人、東北大学副学長の大隅典子さんに紹介していただきます。

若い理系女性へのエール

このたび、講談社ブルーバックスから『理系女性の人生設計ガイド』を上梓しました。そのなかでは、私と共著者であるお二人、そしてその他さまざまな理系女性の、経験談や理系女性を取り巻く状況が語られています。

ここでは、私の体験談の部分を少し紹介します。理系に進もうか迷っている、理系に進め始めたけれど漠然と不安を抱いている、そんな女性に、進路やキャリアを考える手立てにしてもらえればと思っています。

大隅典子さん

今私は東北大学で、神経発生学という分野の研究をしながら、副学長として、男女共同参画や広報も担当しています。女性研究者がその力を十分に発揮できる環境づくりにかかわっています。

力を入れているのは、女子大学院生による、女子中高生の理系進学を後押しするための「サイエンス・エンジェル」という活動です。理系女性の卵のための、理系女性によるアクティビティといいましょうか。それを年長理系女性の私たちが見守っている形です。そんな活動のなかで、広く理系女性を応援できたらという思いもあって、本書の出版につながりました。

現在はいい環境のもとで好きな研究に取り組めていますが、ここまでの道は決して平坦なものではありませんでした。まずつまずいたのは、東京医科歯科大学の歯学部の学生として「歯科医ではなく医学系の研究者を目指そうか」と思っているときに、女性ならではの壁にいきなりぶつかってしまいました。今から35年以上前のことではありますが、こういった女性だから起こりうる困難はまだまだ多いと思います。その頃のことからお話ししましょう。

大学院進学。女性だからと門前払い⁉

大学6年生のとき(歯学部6年制)のこと、大学院進学を考えるようになり、研究室をどうしようかといろいろな人に相談したり、研究室を訪問したりしていると、なんと「我々の研究室では、女子学生は採りません」といくつものところで言われてしまったのです。そんな男女差別的な言葉を露骨に口にするなんて、今の時代には考えられませんよね。

ただ、今でこそ医学部や歯学部の女子学生は4割程度にまで増えましたが、当時はまったくの少数派でした。結婚してキャリアをストップさせる女性も実際多かったのですから、嫌がられたのもわからなくはないです。

「大学院重点化」という国の施策が1990年代にあり、大学院の定員が大幅増になったのですが、当時はまだその前。大学院に進む人は、男性でもよほど根性のある人に限られていました。だから、「女の大学院生? 冗談じゃないよ」という研究室が多かったのだと思います。

結局、サークル活動で私が所属していたテニス部の顧問でもあった、江藤一洋教授(現・名誉教授)のところに決めました。分子発生学の研究室です(当時は、顎顔面発生機構研究部門)。受精卵から胎児が育っていく過程における、顔の発生を大きなテーマとする研究室でした。

大学院で経験した挫折と涙

次の困難は、大学院に入ってすぐありました。これは男女関係ない話ですが、大学生のときに想像していたのと全然違っていて、さっそく挫折感を味わうこととなったのです。というのも「研究をどう進めるのか」ということを「教えて」もらえないのだということを知ったのです。

大学では理学や工学など一般的には学部の学士課程が4年間です。大学院は「博士課程前期」2年間と、「博士課程後期」3年間で構成されています。前期と後期を続けて修めることで博士号取得となります。ところが日本では、博士課程前期だけで企業などへ就職するという形が多く、その場合は「修士課程」という表現もします。

これに対して、薬学や獣医学の一部と医学、歯学などは国家資格とつながる学びのため、学士課程が6年間と長く、大学院は4年間の博士課程のみです。つまり大学院は最初から博士号の取得を前提とする厳しいものでした。当時は「学部の延長に大学院がある」と漠然と思っていましたが、博士号というのはその認識ですむようなものではなかったのです。甘かった、と当時を振り返って思います。

博士課程1年生になってまず、「自分の研究テーマを自分で考えなさい」と言われて、図書館の文献などをめくってみますが、当然ながらたいしたアイデアは浮かびません。私はやる気にはあふれていましたが、研究とはどんなものか、正直わかっていませんでした。

そこに少し上の先輩が提案してくれたテーマに取り組んだのですが、思うような成果が出ないまま1年たって……。学会発表を1つしましたが、こんなペースではとても標準とされる4年間での博士号取得はかないません。

指導の担当教授には改めて「自分の研究テーマを、本気で考えなさい」と言われました。でも、大学生の卒業研究ではないので、「このように調べて、このように絞っていけばいいんですよ」とまでは教えてくれません。それが大学院。研究テーマはどのように見つけるものなのか、ということを自分自身で体得する。そして重要なデータを出して、複数の論文を発表して認められて初めて、博士号にたどり着くものなのです。

そのころは研究室全体でのゼミも苦しかったですね。自身の研究の進捗状況と絡めて、先進の研究論文の紹介もする場です。自分で決めたテーマについての発表に対して、先輩から「そんなのは10年前のテーマだ」と批判されたり、研究室の仲間から突っ込まれたりして、自由な議論をする場として望ましいことでもあるのですが、思わず涙がこぼれてしまうこともありました。

理系女性はまだまだ少数派だから、ロールモデルが必要

そんな挫折だらけの研究者人生の始まりでしたが、さまざまな経験を積み重ねながら、37歳のときに東北大学医学部の教授に就くこととなりました。東北大の理系の女性教授は2人目、医学部では初めてでした。学部の教授会に出席する当時70人ほどの教授陣の中で女性は私だけ。海外出張の後の少しの居眠りでも揶揄されて、「周囲に見られている」とひしひしと感じました。

研究者を目指す若い女性のことを気にしはじめたのは、東北大で初の女性医学系教授として、予想以上に注目されたころからです。私は母が同業だったため、研究者になるという憧れを、まあ実現できるだろうと、ある程度安心している部分がありました。もっとも身近にモデルがいたわけですから。

ですが私自身がこの立場となってから改めて振り返ると、年下の後進の理系女性の多くが、不安を抱えていることに気づいたのです。東北大で男女共同参画担当の総長特別補佐になったことから、女性研究者の支援に本格的にかかわるようになり、前述の「サイエンス・エンジェル」(SA)の活動に力を入れるようになったのです。

若手研究者の卵である女子大学院生が、中学高校の女子生徒らの理系選択を後押しする「エンジェル」として活動します。女子大学院生は、子供たちにとって身近な研究者の具体像を見ることができる、ロールモデルです。この活動によって年齢の縦のつながりと同時に、大学院生同士の横のつながりが育まれます。

東北大は国立総合大学ですが、実は教員も学生も8割が理系という特色があります。そのため理系女性の育成は大学にとって大切なことで、大学から活動費の支援が出るように設計しています。

理系女性は日本においてはまだ、相対的には少数派だけれど、同じ志を持つ人はたくさんいます。点在しているので、自ら動いてネットワークをつくって支え合ってほしいと思っています。

 

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『理系女性の人生設計ガイド 自分を生かす仕事と生き方』
著:大隅典子、大島まり、山本佳世子

 

みんなちがって、みんないい。自分の興味と適性に合わせて楽しく人生を歩んでください!――大隅典子(東北大学副学長)
大隅典子の仙台通信 https://nosumi.exblog.jp/
仙台通信note (Sendaitribune) https://note.com/sendaitribune

リケジョの世界をのぞいてみませんか。今まで知らなかった、理系にとどまらない、面白い世界が拡がっているかもしれない――大島まり(東京大学生産技術研究所教授)
大島研究室公式サイト http://www.oshimalab.iis.u-tokyo.ac.jp/japanese/

 

理系の学びへの挑戦は、ステキな未来切り開くカギ。ときには方向転換も柔軟に。あなたの前には、さまざまな可能性が広がっています。――山本佳世子(日刊工業新聞社論説委員、編集局科学技術部編集委員)
山本佳世子ブログ:産学連携取材日記 http://bat-journalist.cocolog-nifty.com/

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