イラスト:桜井葉子

昼はエンジニア。夜は悪キャラを倒す科学戦士。その名も「ミギネジ」!
ついにミギネジの正体がバレるときが! 街の平和を守るため、今日も科学戦士は立ち上がる!

社員旅行での楽しみと憂鬱

私は、ミギネジ。
昼はエンジニアとして働き、夜は誰に言われるでもなく科学戦士をやっている。

この日、ミギネジは、日中エンジニアとして働く職場の仲間と社員旅行に来ていた。

乗っているバスに急ブレーキがかかって社員全員が前に傾くと、つい言いたくなってしまうのがこの言葉。

「今日も良い感じの……、慣性の法則!」

動いているものは動き続けようとする慣性の法則によって、バスが急ブレーキで止まろうとしても社員たちは動き続けようとするので前に傾いてしまうのだ。

「ねえ、急ブレーキのたびに言うの、やめてくんない? 何回目だよ。」

隣の席の同期が絡んでくるので、ミギネジは心の中で反撃していた。

「急発進のときも言ってあげよっか?」

そう、バスが急発進するときも、止まっているものは止まり続けようとする慣性の法則によって、社員たちは止まり続けようとするので後ろに傾いてしまうのだ。

こうしてミギネジは、バスの長旅で大好きな「慣性の法則」を満喫していた。

バスが無事に宿に到着すると、社員同士の絆を深めることを目的としたレクリエーションが始まった。

自分の人生を振り返り本当の自分と向き合ってみんなと共有し、親交を深めようというものだ。

「本当の自分って……。もしもここで『私は科学戦士なんです』と打ち明けたら、社員のみんなは受け入れてくれるのだろうか……。

日々、白いぬりかべやびょーん星人と戦っていますだなんて自分をさらけ出す勇気はないよ……」

ミギネジは、自分が科学戦士であることが社員にバレて、拒絶させるのが怖かった。
それ以前に、“科学戦士”に日々本気になっていく自分自身と向き合うことが怖かった。

「ハローワークに行っても“科学戦士”の求人なんてないし、これからのキャリアをどうしたらいいのかもうわからない!」

ミギネジは、そんな自分の進路に対する気持ちが晴れないまま、社員のみんなと夕食へ向かった。

夕食時に突然起こったトラブル

社員のみんなと夕食をとっていると、急に電気がパッと消えあたりが見えなくなった。そのとたん!

「ハハハハハー。皆さんで楽しそうにしていますね。でも今日は皆さんの絆がないことを証明しに来ました。覚悟しておきなさい。」

ミギネジは、社員旅行中のイベントの1つとして、また何かレクリエーションが始まるのだと思って拍手をしていた。
しかし、聞こえてきた社長の悲鳴が明らかに演技ではなさそう……。と同時に、気づいてしまった。

「あっ、そういえば、狙われていたんだわ、私」

ミギネジは、社員旅行に出発する前に、光波ナミから忠告を受けていたのだ。

「最近のミギネジは、すごい活躍だけど、その分、ある組織から狙われているわよ。
おそらく敵は最悪のタイミングで襲ってくるから、くれぐれも用心して」

光波ナミの忠告は当たっていた。本当に最悪のタイミングなのである。

「もしここで戦ったとしたら、社員のみんなに自ら“科学戦士です”と言うことと同じじゃないか!」

戦うか? 正体をバラすか? 迫られる究極の選択

ミギネジは、とりあえず忠告を受けたときに光波ナミからもらった装置の電源をつけてみることにした。
もしかしたら、これで攻撃できるのかもしれない。

「ポチッ」

しかし、押した瞬間に思い出した。
「あっ、電池! 博夫……」

その装置の電池が専門商店じゃないと手に入らないような大きさのものだったので、感激したノリで、博夫にあげてしまっていたのだ。

「今回は博夫……、何も悪くないじゃん!」

まるでこれまでのように博夫のせいにしたかったみたいである。

何とかして光波ナミの装置を付けたいが、あたりは停電して電気も通っていない……。

ミギネジは悩んでいた。

「もしかしたら、電気なんてつかなくてもいいのかもしれない。
ここで私が戦ったら、社員のみんなに私が科学戦士であることがバレちゃうし、そんなの、受け止めきれない……」

そのとき、いつも見守ってくれていた上司がささやいてきた。

「ミギネジらしくないぞ。これまでがんばっていたことはわかっている。人目なんか気にせず戦うんだ、ミギネジ!!」

きっと、上司は日々の私の奇行を悟って、勘づいていたのかもしれない。そして、その言葉がミギネジの背中を押した。

「なにがなんでも、発電してやる!!!」

絆が生んだ必殺技、炸裂!

ミギネジは、夕食で食べていたしょっぱい塩の入った鍋に両手を突っ込み、食事中に使っていたフォークを右手に、魚のグリルにかかっていたアルミニウムはくを左手に握りしめた。

そう、フォークなどの「ステンレス」と、アルミニウムはくの「アルミニウム」という2つの金属が手につけた電解質水溶液(塩の入った鍋≒食塩水)と反応すると、電気をつくることができるのだ!

そして、いつも持っているワニ口クリップで金属と光波ナミの装置につないでみた。

「行け~っ、電流!」

しかし、残念ながら光波ナミの装置は作動しなかった。1人でつくれる電流では、微弱すぎたのだ。

「こうなったら、同じようにみんなで電気をつくってつなげなければ! でも、どうすれば……」

ミギネジは怖かった。

科学戦士であることがバレてしまった今、社員のみんなは自分をどう思っているのだろうか、と。そもそも社員との間に絆なんてあったのだろうか、と……。

「ミギネジ、手伝うわ!」
「私も!」
「僕も!」

気づけば社員たちは全員、おのおのの塩の入った鍋に手を突っ込み、右手にフォークを左手にアルミニウムはくを握りしめていた。

そして、ミギネジが全員の金属をワニ口クリップでつなぐと……、

もはや微弱ではない電流が発生して装置が作動!

それとともに、敵が逃げて行った。

どうやら装置からは人間には聞こえない周波数の音波が出ており、敵にとっては不快であるその音を聞いて逃げたみたいだ。

「光波ナミ……。光波だけじゃなくて、音波もいけるのね。波系のコンプリートと敵組織のリサーチ力、うらやましいぐらいスゴイわ!」

無事に敵を追い払うことができたミギネジ。
しかし、ついに社員にミギネジが科学戦士であることがバレてしまった……(!)

果たして、ミギネジは自分の進路とどう向き合うのか?
次回は、いよいよ連載最終回! お楽しみに。

【ミギネジの予備実験室】
必殺技名:「微弱な電流」
分野:化学
費用:★☆☆、手間度:★☆☆、危険度:★☆☆

《準備するもの》
◎アルミホイル
◎ステンレス製のおたまやフォーク
◎ワニ口クリップ
◎食塩水
◎電気で動くもの(今回は電子オルゴールを使用、LEDなどでもOK)

《実験手順》
(1)アルミホイルを手で握れるサイズまで、折りたたみます。

(2)オルゴールの+(プラス)極とステンレス製のおたま、オルゴールの-(マイナス)極と折りたたんだアルミホイルをそれぞれワニ口クリップでつなぎます。

(3)両手の平に食塩水をつけて片手でおたま、もう片手でアルミホイルを握ると、電気をつくることが出来ます。

しかし、今回も1人ではオルゴールは鳴りませんでした。
アルミホイルとステンレス製のものを増やしてみます。

(4)オルゴールの+極とステンレス製のおたま、アルミホイルとステンレス製のフォーク、アルミホイルとオルゴールの-極をそれぞれワニ口クリップでつなぎます。

そして、もう 1人お友達を誘い、それぞれの両手の平に食塩水をつけて片手にステンレス製のおたまやフォーク、もう片手にアルミホイルを握ると、オルゴールが鳴りました!

もっと電気をつくりたいという方は、ステンレス製のものとアルミホイル、保護者の方やお友達などの仲間を増やして楽しく実験してみてください。

みなさんもぜひ、ミギネジの必殺技を試してみてください!

▼注意事項
・小学生など低年齢の子どもが実験するときは、必ず保護者の指導のもとで実施してください。
・手に傷がある時などは食塩水がしみるので、十分に気を付けてください。


五十嵐美樹(いがらし・みき)
科学のお姉さん。1992年東京都生まれ。
東京大学大学院修士課程及び東京大学大学院科学技術インタープリター養成プログラム修了。
幼いころに虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。学部在学時に「ミス理系コンテスト」でグランプリを獲得後、「老若男女問わず科学の楽しさを伝えるミス理系女子」として、子どもから大人まで幅広い層に向けた実験教室やサイエンスショーを全国各地で主催、講師を務める。
特技のヒップホップダンスで魅せる「踊るサイエンスショー」は好評を博している。


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