イラスト:桜井葉子

昼はエンジニア。夜は悪キャラを倒す科学戦士。その名も「ミギネジ」!
人は、悪キャラたちはなぜ争うのだろうか……。 街の平和を守るため、今日も科学戦士は立ち上がる!

ミギネジ、人生の岐路に立つ

私は、ミギネジ。
昼はエンジニアとして働き、夜は誰に言われるでもなく科学戦士をやっている。

ミギネジは悩んでいた。

前回、会社の大切な書類を実験台にしてしまったように、ここ最近、夜の“科学戦士感”を翌朝の会社でも引きずっているのだ。

ここまでくると、心の奥底では本当は戦士であることを打ち明けたくて、あえてバレそうな行動に出ているのではないかとも思えてくる。

「あっ、また禁断症状が……」

気がつくと、茶色のセーターを着た上司が“実験後のカルメ焼き”に見え、よだれを垂らしていた。

「もう、会社に迷惑かけたくないし、科学戦士一本でやったほうがいいのかしら……」

夜、帰宅後に予備実験をしながら真剣に転職について考えるも、母親に反対されていた。

「科学戦士って、そもそもお仕事になるの? 趣味にとどめておきなさいよ!」
「趣味って何よ! 本気でやっているのよ!」

ミギネジが自らの進路について母親と敵対していると、自称ヒーローこと博夫が仲裁に入ってきた。

「ミギネジさん、そんなことより、外でも何か争いが起きています!」
「“そんなことより”って……。博夫、ひどいよ!」

ただ、外をよく見てみると、たしかに博夫の言うとおり、外では別の争いが起きていた。

「いけー、西軍!」
「負けるなー、東軍!」

どうやら東軍と西軍に分かれて争っている、両軍とも透明な体をした星人がたくさんいるではないか……!

「西軍、東軍って、ここは戦国時代かっ!」

気づけば、ミギネジは敵対していたはずの母親と、仲良く声をそろえて突っ込んでいた。

博夫、大砲の弾に被弾! その弾の正体とは?

「透明星人でも、結局どっちが最強なのかを決めるぞー!」

どうやら両軍は大砲で撃ち合っているようだった。

「大砲とか危なすぎます。皆さん、逃げてください!」

自称ヒーローこと博夫は、今日もここぞとばかり張り切っている。
しかし、今日もまたその張り切りが敵の目につき、大砲の弾に当たってぶっ倒れてしまった。

「博夫ー!」

ミギネジは、倒れた博夫に駆け寄り、これまでの自らの行いに対して懺悔をしていた。

「さっきは、母とのケンカを止めようとしてくれていたんだよね。あなたの優しさに気づけなくてごめんなさい」

「あっ! あと、前回の着ぐるみは本当は趣味だと疑っていたの……。ごめんなさい」
「はいー?」

博夫は前回、修行と社会貢献のために身に着けていた着ぐるみを、ミギネジに趣味の一環だと疑われていた悔しさで目覚めてしまった。

「あっ! 目覚めた」

博夫はまわりの透明星人とは違い、弾に当たっても死なずに生きていたのだ……!

ミギネジは、博夫に当たった弾を触ってみて、柔らかい感触に愕然とした。

そう、この感触は……!
「吸水性ポリマーじゃないかぁぁぁぁぁぁぁ!」

敵が撃っていた弾は吸水性ポリマーだったのだ。おかげで博夫は無事だったのだが、透明星人は、これに当たると致命傷となっていたのだ。

吸水性ポリマーといえば、第10話にも登場した、水をたくさん吸うことができる物質である。

となると、透明星人は水ということになる。そして、当たった瞬間に吸水され倒れる……。
しかし、これだけでは争う意味がわからず、何の解決にもならない。

武器が吸水性ポリマーであることに気づいたミギネジは、もはや無敵である。

冷静になって、まずは西軍の言い分を聞いてみることにした。

「東軍は僕たちより比重が小さいじゃないか! 僕たちにはかなわないだろうが~!」

一方、東軍の言い分を聞いてみると、
「西軍はさっぱりしすぎなんだよ。僕らのほうがドロドロしていて個性的でしょ」

これだけ聞いても、まだ何のことかよくわからない。

「集まるのに、混ざらない」ということは……

両軍ともに敵を罵り合い、ついにわーっと中央に集まり、大合戦が始まった。

「このままだと、争いがひどくなって、街にまで被害が及んでしまう!」

そう焦ったミギネジだったが、敵をよく観察したところ、あることに気づいてしまった。

両軍は、なぜか見事に混ざり合っていないのだ。

「こんなにも混ざり合わないものなのだろうか……」

もしも両軍とも水であれば、あっさりと混ざり合ってしまうはずである。

「んー、何かおかしい」

ミギネジは、彼らのセリフをもう一度思い出し、考えた。

東軍のほうが西軍よりも比重が小さく、両軍とも透明であるけれど、東軍のほうがドロドロしている。そして、両軍は決して混ざり合わない。

このフォルムから考えると、彼らの正体は……。

「西軍=水!」
「東軍=油!」

水(西軍)は水分子どうしが、油(東軍)は油分子どうしがそれぞれ引き寄せ合ってできていて、この引き寄せ合う力を「表面張力」という。

水と油では、水のほうが表面張力が大きく差があるため、油と混ざり合わないのだ。

そして、水と油では比重に違いがあり、油のほうが小さい。
また両者とも透明で、油のほうがドロドロしているので、敵が言っていた条件に当てはまる!

きっと博夫に当たったのは、東軍が西軍に撃った吸水性ポリマーで、西軍は似たようなフォルムの吸油性ポリマーを撃っていたのだろう。

仲直りのための必殺アイテム

敵が水と油だと悟ったミギネジは、その性質を逆手に取り、仲直りさせようと決意した。

そう、アレを使えば水と油を混ぜることができるのだ!

「とっとと仲直りしなさい! 行け~、界面活性剤!」

ミギネジは大きくジャンプし、水と油の大合戦の上から界面活性剤をふりかけた!
「ジャー」

界面活性剤は、水と結合しやすい「親水基」と、油と結合しやすい「親油基」の両方の成分を併せ持っている。

親油基が油となじみ、親水基が水となじむことで、水と油を混ぜることができるのだ!

「ワ~ッ!」
西軍と東軍は、界面活性剤によってあっという間に混ざり合い、仲直りした。

「ミギネジ、今回の活躍は認めるけど、まだ本気で科学戦士に転職しようと思っているの?」
「当たり前じゃない!」
「そうなったら、職業欄になんて書くのよ!」
「それは……、これから考える」

ミギネジと母の敵対関係は、まだまだ続いており、そう簡単には終わりそうにない。

「僕が界面活性剤になれたらなぁ……」

博夫は界面活性剤になって水と油の関係の二人を仲直りさせたいようだが、また余計なことを口走りそうなので見つめることしかできなかった……。

「界面活性剤、リスペクトっす!」

こうして、平和は守られた。

【ミギネジの予備実験室】
必殺技名:「界面活性剤」
分野:化学
費用:★☆☆、手間度:★☆☆、危険度:★☆☆

《準備するもの》
◎透明のコップ
◎水
◎サラダ油
◎洗剤(界面活性剤)

《実験手順》
(1)まず、透明のコップの1/3程度まで水を入れます。

(2)水の上から、サラダ油をゆっくりと注いでいきます。少し時間を置くと、比重の違いから水の層(下の層)と油の層(上の層)に分かれます。

この状態でまぜても、しばらくすると水と油は再び違う層に分かれてしまいます。

(3)ここに界面活性剤を入れて混ぜると、白く濁り混ざり合いました! 

これは「乳化」といって、水にも油にも溶ける界面活性剤の働きによって水と油が混ざり合った状態となることです。
例えば、マヨネーズや化粧品をつくるときなどにも応用されています。

みなさんもぜひ、ミギネジの必殺技を試してみてください!

▼注意事項
・小学生など低年齢の子どもが実験するときは、必ず保護者の指導のもとで実施してください。


五十嵐美樹(いがらし・みき)
科学のお姉さん。1992年東京都生まれ。
東京大学大学院修士課程及び東京大学大学院科学技術インタープリター養成プログラム修了。
幼いころに虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。学部在学時に「ミス理系コンテスト」でグランプリを獲得後、「老若男女問わず科学の楽しさを伝えるミス理系女子」として、子どもから大人まで幅広い層に向けた実験教室やサイエンスショーを全国各地で主催、講師を務める。
特技のヒップホップダンスで魅せる「踊るサイエンスショー」は好評を博している。


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