教育ジャーナリストのおおたとしまささんが2019年9月に刊行した『21世紀の「男の子」の親たちへ』はベストセラーとなった。そして2020年5月に、待望の「女の子編」『21世紀の「女の子」の親たちへ』(祥伝社)が刊行。「男の子」編と同様、女子校の名門の先生方に話を聞いた上で、おおたさんが「今」にアップデートした「女の子育児」についてまとめている一冊だ。

登場する先生方は桜蔭、鴎友、吉祥女子、神戸女学院、四天王寺、品川女子、女子学院、洗足学園、豊島岡女子、ノートルダム清心、雙葉と、日本を代表する名門校の教諭ばかりだ。

発売を記念して本書より特別抜粋掲載する第2回は、「女性だから理数系は苦手」という意識の問題点とそう言われる背景について分析する。ジェンダーと教科の得手不得手は関係がないはずなのに、職業をみると、圧倒的に理系の職業に女性の数は少ないのが現状だ。医学部合格者数が2019年度関西1位、全国でも9位になった(*)四天王寺中・高校の教師の話をもとに、それはなぜなのかを明らかにする。(*)「週刊朝日」2019年6月14日号より

本記事はFRaUで掲載されたものです。

著者:おおたとしまさ プロフィール

男子よりも女子の
読解力が高いのは全世界共通

OECD(経済協力開発機構)が3年おきに実施する国際的な学力調査PISA(学習到達度調査)の結果を男女別で見比べると明白なことがあります。

PISAは「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の3部門で行なわれますが、「読解力」においては、すべての参加国で女子の平均点が男子の平均点を上回っているのです。

2018年のOECD全体での読解力のデータを見ると、全体の平均点が487点であるのに対し、女子のほうが男子よりも30点も成績が良い(図1)。男の子よりも女の子のほうが読解力があるというのは世界的に見て疑いのない事実です。

図1 PISA調査における得点の男女差 『21世紀の「女の子」の親たちへ』より

日本の受験勉強でも経験的に知られている傾向だと思います。女の子のほうが国語の成績がいい。中学受験の模試を実施する業者の分析によれば、中学入試問題でも男子校より女子校のほうがより複雑な読解問題が出される傾向にあることがわかっています。

「女の子のほうが登場人物の心情などを推し量るのが上手だから」「論理的な文章なら男の子も負けないだろう」という憶測も昔からあるのですが、PISAの結果が示すのはそういうことではありません。

PISAにおける「読解力」とは「リーディング・リテラシー(Reading Literacy)」の訳で、非常に論理的・実用的な読解力を示しているのです。日本語でふだん使われる読解力とはだいぶニュアンスが違います。

逆に理数系は男子のほうが得意だという印象があるかもしれませんが、少なくとも科学的リテラシーにおいてはほとんど男女差はありません。OECD全体の平均点を見ると、2018年調査では初めて女子の成績が男子を上回りました。数学的リテラシーに関しても、読解力の男女差をひっくり返すほどの男女差はありません。つまりトータルで見れば、女子のほうが勉強ができるというのは全世界的な傾向なのです。

写真はイメージです。写真の人物は本文と関係ありません Photo by iStock
 

イスラム圏で女子の理数力が高いわけ

さらにPISAのデータを細かく見ると大変興味深いことがわかります。2018年の科学的リテラシーの男女差データを見ると、女子のほうが成績が良い国・地域の上位は、1位カタール、2位ヨルダン、3位サウジアラビア、4位アラブ首長国連邦、5位フィンランドと、イスラム教の国・地域が上位を占めるのです。数学的リテラシーの男女差データでも、ほとんどのイスラム教の国・地域において、女子の成績が男子の成績を上回っています(図2)。これが何を示すのか。

図2 PISA調査における得点の国と地域別男女差 『21世紀の「女の子」の親たちへ』より

イスラム教の国・地域では男女別学が基本です。つまりこれらの国・地域の女子はみんな女子校で学んでいます。そうすると、科学的分野においても女子のほうが成績が良くなるのです。一方で、5位にフィンランドが入っていることからもわかるように、ジェンダー・ギャップの小さい国・地域ではやはり女子の科学的リテラシーが高くなる傾向があります。

これらのことから推測すると、男女平等でない社会の共学環境では、女子は科学や数学の力を十分に発揮できていない可能性があるのです。

考えられる理由は2つ。

1つは、男女共学の環境で、女子は国語、英語、音楽などが得意であることが期待され、逆に理科や数学は苦手であると思い込まされやすいこと。性別による社会的偏見が共学の教室の中で再生産されている可能性があるのです。いわば「共学のパラドクス」です。実際海外での複数の研究で、男女別学校の生徒のほうが教科に対する「女らしい」「男らしい」という固定概念にとらわれにくいことがわかっています。

「女子はこれが得意だ」「男子はこれが得意だ」というフィルターと無縁の生活ができる。それが女子校の良さのひとつだ Photo by iStock

もう1つは、女子校においては女子の特性に合わせた教育が行なわれている可能性です。素人が見てもなかなか違いがわからないのですが、女子校の先生たちは女子には女子の教え方があると口をそろえます。

 

競争的な日本の教育環境は
女子には不向き?

「明治時代から、日本の教育はどうしても男の子中心ですよね。それで男の子は結果が出ます。そうすると、結果は出ているので教育は間違っていないと思われて、結局女性は冷や飯を食わされるというか。女の子に向いた教育というものを受けられないまま『私は向いていない』と勘違いしてしまう」と言うのは四天王寺高等学校・中学校の稲葉良一先生です。稲葉先生はもともと理科の教員です。

たとえば、女子はプレッシャーに弱く競争を嫌う傾向にあり、男女混合の競争的な教育環境が心理的な意味で女子に不利に働いている可能性が複数の研究で指摘されているようです。

社会背景も大いにあるにせよ、『白い巨塔』のような出世レースにも女性が係わることは少ない…Photo by iStock

過酷な受験競争に象徴される競争的な教育環境を改善するようにと、日本は国連から再三注意を受けています。もし日本の学校の競争圧力が低下すれば、これからの時代はますます女子の成績が向上する可能性があります。

「男の子は多少突き放すくらいの距離感が良いといわれていますが、女の子は共感して寄り添って安心感を与えてあげないとなかなか力を発揮できない傾向があると思います。大人数の前で先生が講義して『あとは自分でやれ』みたいに突き放すような従来の日本型の教育では、女の子がついてこない」と稲葉先生。

だとすると、これからは女子も男子と伍していかなければいけないと考えた父親が、自分が育てられた感覚で娘を厳しく育てようとすると、娘の可能性をつぶしてしまうおそれもあるということです。昔から「獅子はわが子を崖がけから突き落とす」などと言われますが、それはもしかしたら男の子向けの教育方針かもしれません。

「よくスパイラル型のカリキュラムってありますよね。それぞれの単元を完全に理解していなくてもとりあえず先に進んで、何度もくり返すことで定着させていくという。でもこれも女の子には全然ダメです。もちろん個人差が大きいですから、なかには男の子と同じようにできてしまう子もいるのですが、現場で教えている感覚から言わせてもらえばそういうタイプの女の子は1割いるかいないかですね」

同じく四天王寺の中川章治先生は「女の子は目標が定まるとその過程をきっちり仕上げることを好みます。だから不完全だとなかなか前に進めません」と補足します。

これについては私も興味深い話を聞いたことがあります。コンピュータを使った個別学習システムをさまざまな学校に提供している企業のひとから聞いた話です。

その個別学習システムでは、生徒一人一人の理解度に合わせて毎日カスタマイズされた課題が出されてそれをこなしていくしくみになっているのですが、男子と女子の課題の進め方に違いが見られるというのです。

意外なことに、女子のほうが締め切りに遅れる傾向があるといいます。男子のほうが期日までに終わらせる。でも、期日を守っている女子は成績がいい。男子の場合、期日は守っていても成績は必ずしも良くない。「男子は適当でもいいから終わらせようとする。女子は中途半端に終わらせることができない」との分析でした。

 

やり方を変えれば
理数系の成績が伸びるかもしれない

学習環境の違いは進路にも影響します。

「本校では約7割が理系に進学します。学校としてそう仕向けているわけではなくて、自ら自信をもって理系に進む。本当は五分五分でいいと思うんですけれど」と四天王寺の稲葉先生。

四天王寺に限らず、世間一般と比べて女子校では総じて理系選択者が多い

女子が理科を苦手なんじゃなくて、私たちから言わせてもらえば教え方が悪いんですね。女の子に寄り添った教え方というのが大事だなというのは身に沁みて感じています」

学校教育だけではなくて社会全体のしくみも男性向けにつくられていますから、そのなかで普通にしていると女子のほうが力を発揮しにくい。逆の表現をすれば、男性がゲタを履かされている社会。ベースとして男性側にちょうどいい温度に設定されたまま、多くの女性は暑すぎるんだか寒すぎるんだかという思いをしているということです。ですから同じ能力の男女が同じパフォーマンスを出そうと思ったら、女性のほうがもっと頑張らなきゃいけないというのが、いまの社会だといえます。

現在、国は、すべての大学生・高等専門学校生を対象にした数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度を構築しようとしています。年間約50万人を対象とする大規模な構想ですが、従来の発想で教育環境を整えたら、女性にとってはそれがボトルネックになる可能性だってあります。

女子校というのは、社会の中で例外的につくられた性差がない空間ですから、「女だから」「男だから」という意識から解き放たれます。おそらく意図的に男子とは違う教え方をしなくても、女子だけで学んでいればそれだけでも自然に女子の学力がそれまでとは違った伸び方をするのだろうと考えられます。

その意味では、女子校に通わせることに大きなメリットがあるように感じられるでしょう。でも現実的には共学校に通う女子が大多数です。全国の高校に占める女子校の割合はたったの6・1%なのです。

ですから、もし女の子が学校の理科や数学の試験で芳しくない点をとってきたときは、その子が理数系が苦手なのだとレッテルを貼るのではなく、指導方法が合っていないだけかもしれないという可能性を疑い、それを克服する方法を個別に考えてみるといいでしょう。

たとえば家庭において学年順位は気にしないと決めるとか、学校の宿題をあえて無視してマイペースで学習を進めるようにしてみるとか、可能なら女子だけ数人のグループで理科の先生に補習をしてもらうとか。くれぐれも「やっぱり女の子は理数系が苦手なのね」は禁句です。

21世紀の「女の子」の親たちへ 女子校の先生たちからのアドバイス
女子校(桜蔭、鷗友、吉祥女子、神戸女学院、四天王寺、品川女子、女子学院、洗足学園、豊島岡、ノートルダム清心、雙葉)のベテラン先生たちが「これだけは間違いない」ということを根拠に21世紀のど真ん中を生きる「女の子」の親として心得ておくべきポイントをまとめた1冊。21席の女性の「成功モデル」とは? 自分をまもるための性教育と平和教育、大学受験や就職より大事なこと……幼児から小学生、中学受験生、中高生からの質問に教師たちが答える項目も。おおたとしまさ著、祥伝社、税込1650円