イラスト:桜井葉子

 

昼はエンジニア。夜は悪キャラを倒す科学戦士。その名も「ミギネジ」!
通勤客でごった返す朝のオフィス街に襲い来る謎の粉! 街の平和を守るため、今日も科学戦士は立ち上がる!

街中に謎の粉が舞ってきた

私は、ミギネジ。
昼はエンジニアとして働き、夜は誰に言われるでもなく科学戦士をやっている。

「へっくしゅん!」

朝、いつものように会社に出かけようとするが、
くしゃみが8連発くらい連続で出て、自分でも心配になる。

「最高記録じゃない?」

母親の突っ込みが悔しい。

「なんか粉でも舞っているのかな?行ってきまーす、へーっくしゅん!」

ミギネジが会社に向かおうと外に出ると、緊急警報が流れてきた。

“現在、謎の粉が大量発生しているため、〇〇町の皆様は外出を控えてください!
謎の粉に襲いかかられ、倒れてしまった方が続出しています!”

やっぱり……。

腕を伸ばして回転してもダメだったのに、腕を閉じて回転したら……!

見上げてみると、さっそく大量の粉とヒーローらしき男性が戦っている。

「俺が粉を蹴散らす!お姉さんも危ないので、早く家に戻ってください!」

どうやらヒーローらしき男性が私に話しかけているようだ。

「あっ、ありがとうございます。へ――――――――っくしゅん!」

しかし、ヒーローらしき男性は、ミギネジの思った以上のすさまじいくしゃみに気を奪われ、
その隙に大量の粉に覆われてしまった。

「うぉー! やられるー! お姉さんも早く逃げてぇー!」

ヒーローらしき男性は、回転キックで粉を蹴散らそうとしているが、
大量の粉を吹き飛ばすことができていない。

「あっ、ありがとうございます。へっくしゅん!」

ミギネジはくしゃみしながら思った。
「このときのために『角運動量保存則』を学んだのだ」と。

フィギュアスケートでご承知のとおり、回転しているときに腕を縮めて回転半径を小さくすることで回転が速くなるのだ。

「いけ――――――――! 超高速回転キック!」

ミギネジは角運動量保存則を使って超高速回転し、一瞬で大量の粉を蹴散らした。

びゅーん! バサバサバサー。粉は一瞬で吹き飛ばされた。

「………」

ヒーローらしき男性は、ミギネジの攻撃を目の当たりにし、立ち尽くしている。

「あっ、あの……、私を助手にしてもらえませんか?」

ヒーローらしき男性は、どうやら強くなるために、ミギネジの助手になりたいらしい。

「お名前は?」

ミギネジは尋ねた。

「博夫(ひろお=ヒーロー)です」

「そのまんまじゃん!」

裏で操る謎の組織が送り込んできた
さらなる刺客は「ゆる悪キャラ」3体!?

「ムリムリムリムリムリー!」

そんな言葉を連呼して助手入りを断るミギネジの様子を何者かが分析している。

「こいつがミギネジか……。
我々が送り込んだ白いぬりかべも、びよーん星人も、ダイラタンシーも、大量の粉も、見事にやっつけるとはたいした度胸だ。
お前たち3体で、このミギネジとやらを倒してこい!」

「らじゃー」
「らじゃー」
「らじゃー」

ミギネジが帰宅すると、家の前でウサギ、クマ、キリンのゆるい形をした白い物質が3体、待ち伏せしていた。

「今から予備実験しようと思ったのに……。なんでよりによって3体もいるのよー。
しかも、こういうゆるい見た目の怪人に限って強いんだよなー」

ミギネジのこの直感は当たることになる。

3体とも違う形をしているので、それぞれの性質なんて、見た目からは今のところ見当もつかない。

ヒーローらしき男性「博夫」を振ってしまったし、
前回までのように敵の性質を知るための伏線を張る役が完全にいなくなってしまったのだ。

「う~ん、困ったなあ」

「ははは~! もうこれでミギネジは終わりだ!
前回までは1体ずつだったが、今回は3体もいるんだぞ!」

史上最大のピンチを迎えたミギネジ、
意外な人の援護射撃

3体は、容赦なくミギネジに襲いかかってきた。

「ミギネジ、よけて!」

気づいたときには、母が2階の台所から料理中の鍋を敵に投げつけていた。

「おりゃー!!」

実の母親の超原始的な攻撃に驚きを隠せないが、鍋は敵にちゃんと命中していた。

「すごい……!」

しかし、鍋は命中してもむなしく跳ね返ってしまった。

「鍋の物理攻撃なんてどうってことないですよ~」

そんなことを言いながら、敵3体は挑発してくる。

「こちらにもあなたを倒さないといけない事情があるのでね、ミギネジさん」

ダダダダダダ――――――――。
敵3体は再びミギネジに飛びかかろうとした!

「アッ、やばい!」

ミギネジに攻撃が及びそうになったとき、ミギネジの前を黒い影が通っていった。

「ミギネジさーん!」

バタッ。

黒い影は倒れた。

「博夫――――!!さっきはごめんね。君こそヒーローだよ」

アルカリ性と酸性の中和反応を生かす!

「ここは、何としても相手の性質を見極めるしかない」

ミギネジは、自らを身をもって守ってくれた博夫の姿を目の当たりにし誓った。

よく見ると3体ともに、母親が投げた鍋に入っていた汁が飛び散っている。

鍋の中の汁がミギネジの手に飛び散っても紫色なのに、
3体に飛び散ったところはすべて青色に変化している。

「なるほど! お母さん、ありがとう!」

母親はミギネジの実験で大量に余る紫キャベツを茹でて、毎晩スープにしている。

紫キャベツの汁には、「アントシアニン」が含まれていて、ある性質と反応すると青色に変わるのだ!

「きっとこいつら全員、アルカリ性よ。
そして、その白い見た目から考えると、重曹の塊!」

重曹は型に入れるといろいろな形で固めることができるから、
ウサギとかクマとかキリンとか、自由な形に変身できたのだろう。

「最初から3体と脅された割には、全部同じ原料ってこと!?
これまで送り込まれた敵も全部安い原料だし、悪の組織の運営は大丈夫なのかしら?」

いや、そんな敵組織の運営事情を心配している暇はないはずである。

「アルカリ性の重曹には酸性の液体をかければ、
中和反応が起き、ブクブクと二酸化炭素の泡を発生しながら倒れるはず!」

そう考えたミギネジは、あることに気づいた。

「酸性のものと言えば……、あっ! あれがあったわ!」

ミギネジは台所の母親からある液体を用意してもらった。

「とっとと中和反応しなさい!いけ、お酢!」

ミギネジは2階の台所の高さまでジャンプしてお酢を受け取り、
一気に上空から振りかけた。

ブクブクブクー。
敵は3体ともお酢と中和反応し、ブクブクと二酸化炭素の泡を発生させて消滅した。

「ミギネジさん、無事でしたか?」

怒りのあまり上空に行きすぎて少しお酢がかかってしまった博夫は、その強烈な匂いで目覚めたみたいだ。

「お酢がかかってしまったお詫びに、助手にしてあげるわ」

こうして、平和は守られた。

【今回のミギネジ必殺技】
必殺技名:「中和反応」
分野:化学
費用:★☆☆、手間度:★☆☆、危険度:★☆☆

【ミギネジの予備実験室】
《準備するもの》
◎紫キャベツのゆで汁
◎重曹
◎お酢

《実験手順》

・紫キャベツ溶液で性質を調べる実験

(1)紫キャベツをお鍋でゆでて、ゆで汁をすくいます。

(2)お掃除などで使う重曹に①をかけます。

(3)紫キャベツ溶液に含まれるアントシアニンがアルカリ性の重曹と反応し、青色に変化しました。

・中和反応実験

(1)重曹とお酢を準備します。

(2)重曹をお皿に出して、その上からお酢をかけます。

(3)アルカリ性の重曹に酸性のお酢をかけると、中和反応が起き二酸化炭素の泡が発生します。

ぜひみなさんも今回のミギネジ必殺技を試してみてくださいね。


五十嵐美樹(いがらし・みき)
科学のお姉さん。1992年東京都生まれ。
東京大学大学院修士課程及び東京大学大学院科学技術インタープリター養成プログラム修了。
幼いころに虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。学部在学時に「ミス理系コンテスト」でグランプリを獲得後、「老若男女問わず科学の楽しさを伝えるミス理系女子」として、子どもから大人まで幅広い層に向けた実験教室やサイエンスショーを全国各地で主催、講師を務める。
特技のヒップホップダンスで魅せる「踊るサイエンスショー」は好評を博している。


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