イラスト:桜井葉子

 

昼はエンジニア。夜は悪キャラを倒す科学戦士。その名も「ミギネジ」!
充実した一日の仕事もひと段落し、至福のお風呂で起こった大事件! 街の平和を守るため、今日も科学戦士は立ち上がる!

お風呂に入って起こったお湯の異変

私は、ミギネジ。
昼はエンジニアとして働き、夜は誰に言われるでもなく科学戦士をやっている。
仕事帰りに、磁石と鉄が引き合うことを題材にした70年代のヒットラブソング「Magnet and Steel」を聴くのがブームである。

♪You are a magnet, and I am steel~♪

「いやだなぁ~、実はニッケルとも引き合ってしまいましたとか……」

磁石にどうしても鉄以外をくっつけたがるミギネジは、今日も実験を楽しんでいる。

こんな気持ちになるのは、「最後の1個です★」というドン・〇ホーテのPOPに惹かれて思わず買ってしまったスピーカーセット、通称“最後の1個”で聴いているからなのだろうか……。

「いや、きっと“最後の1個”も、エンジニアの方々が愛を込めて設計したのだろう」という温かい気持ちに浸りながら、ミギネジは「明日も自分のモノづくり業務に励もう」と誓う。

「You are a magnet~♪ フフフーん♪ お風呂にでも入ろうかな~♪」

湯船につかり「今日も平和だ……」としばらくリラックスしていると、ミギネジはある異変に気づいた。
入ったときには透明だったはずのお湯が、なぜか白く濁ってきているではないか。

「あ、そういえば、昨夜は『白い入浴剤(しっとり肌用)』を入れてお風呂に入ったんだっけ? 使用後の掃除が甘かったのかしら? だとしたら、中高6年間、掃除番長として全校生徒を仕切ってきた身として、恥ずかしいかぎりだわ……」

そんな訳のわからない、どうでもいい自問自答を繰り返すも、肝心の原因がわからない……。
そうこうしているうちに、お風呂はどんどん白く濁り、しかもドロドロしてきている。

「お湯が白いのはいいけどさ、ドロドロはやめてよね~」

明らかに異常な状況である。
掃除が甘かったからとか、そういうレベルじゃない。
ミギネジは仕方なくお風呂から上がり、戦闘服に着替え始めた。

過去の敵の仲間
「白いドロドロ」の正体は何か?

「ついに見つけたぞぉ~」

戦闘服に着替え中のミギネジの耳に、お風呂場から奇妙な声が聞こえてきた。
急いで着替えてお風呂場に戻ってみると驚いた。
バスタブの中身がさっきよりも白くドロドロになっているではないか!

「ミギネジ、ついに見つけたぞ~。お前も、今日で終わりだ! よくも俺の仲間を倒しやがって! やられた仲間たちの仇をうちに来た」

どうやら白いドロドロがしゃべっているようだ。

「仇ということは……。もしかして、第1話の発泡スチロールと第2話の天然ゴムも、この白いドロドロの仲間だったのね!」

「そういえば、この前(第1話の白いヌリカベとの戦い)、溶かした発泡スチロールを売ろうとして持って帰っちゃったから、居場所がバレちゃったのかしら? 早く売ればよかったああああ! でも、思い出があると、なかなかオークションに出品できないんだよねぇ。いや、でも、溶けた後の発泡スチロールを買う人なんてさすがにいないかぁ……」

そんな独りノリツッコミ的な独り言をつぶやいていたミギネジが油断した隙に、白いドロドロは、ミギネジに覆いかぶさるように襲ってきた!

「ええ~い! やってしまえ~!」

そのときだった。
毎度のことながら、ヒーローらしき人が現れ、白いドロドロと戦い始めた。

なぜか絶妙なタイミングで現れるヒーローらしき人。
ミギネジにとっては、実にありがたい存在である。

ただ、ヒーローらしき人が助走をつけて勢いよく高速パンチするも……、
「ゴンッ」
むなししい音とともに、ヒーローらしき人はパタリと倒れてしまった。

現れるタイミングもさることながら、
弱いのも毎度のことなのが、ちょっと残念なところ……。

いつものヒーローらしき人が残した
戦いのヒント「非ニュートン流体」

第1話、第2話をすでにお読みいただいている人はお気づきだろう。

ヒーローらしき人は、毎回倒してはくれないものの、ミギネジに戦いにヒントを与えてくれる。今回も例に漏れずに、ミギネジに怪人を倒すためのヒントを残してくれたことは言うまでもない。

さあ、ここからミギネジの本領発揮である。
ミギネジの頭の中では、さまざまな仮説立て、分析が始まった。

ヒーローらしき人は、敵のドロドロした見た目のとおり、力を与えてもドロドロと柔らかいままであることを期待して、高速パンチを選択したのだろうか。

しかし、敵はその期待を裏切り、与える力によって粘度が変わる性質を持っているのかもしれない。

「そういうのって、『非ニュートン流体』っていうんだよな……」

そう考えが及んだとたん、
「これを考えるために物理を勉強してきたのかー!」
とミギネジは思わず叫んでしまった。

「素敵なヒーローらしき人、今回もありがとう。私はあなたの高速パンチで、あることに気づいてしまったわ」

ミギネジが気づいたこと。

それは……、

白いドロドロには、なにもしないとドロドロとした液体みたいなのに、速い衝撃を与えると固体のように固まる性質を持っている――

ということだった。

きっとヤツが持つ性質は……、「速い衝撃を加えると固まる」。

「ダイラタンシー!」

愛用スピーカーの振動で、攻撃開始!

でも、どうやって倒せばいいのだろう。

「そうだ! 速い衝撃を与え続けて固体にし続ければ、相手は攻撃できなくなるのはないか……?」

そんな仮説を立てたミギネジは、

「これ以上ヤツが誰かに攻撃される前に……! これは私が戦うしかない…!」

そう心に誓った。

ミギネジは、愛用のスピーカー「最後の1個」を両手に持ち、白いドロドロに直接当てた。
「えいっ!」

プレイリストの一番上にある「Magnet and Steel」が優雅にお風呂場に響き渡っている。

You are a magnet and I am steel~♪ You are a magnet and I am steel~♪

スピーカーは、音楽を鳴らすときに振動するため、その振動を利用することで白いドロドロに速い衝撃を与え続けることができるのだ!

白いドロドロはなにもしないと液体のくせに、スピーカーに当たるとその速い衝撃で変な形に固まってしまい、いい感じにスピーカーに踊らされている!

「やったぁー! これはもう、こちらの勝ちだわ!」

そんな喜びはつかの間、
ミギネジは愕然とした。

お風呂場の湿気と白いドロドロの水分によって、スピーカーが壊れ、「Magnet and Steel」ではなく、変な音がする。

スピーカーが電気製品だったことを、すっかり忘れていた。

「最後の1個おおおお!」

ミギネジの心が叫んでいた。

「防水じゃなかったのかあああ!」

最大のピンチの中で舞い降りてきた
必殺技「超低速新聞紙パンチ!」

最初は調子が良かったスピーカーの振動もだんだん弱弱しくなり、もはや武器にならない状態になっていた。

このピンチを脱するべく、ミギネジは新たに頭の中で考えを巡らせ始めた。

「衝撃を与え続けると、たしかにそのときは固体になって動けなくなっていたけれど、音が止まると、また液体に戻って元気そうだわ。排水管に流したとしても……、あのドロドロ感だと絶対に排水管に詰まってしまう」

業者に「排水管、なんで詰まったんですか?」って聞かれたら、私の正体がバレて、どこか暗いところに送られることになってしまう……。う~ん、どうしよう……。

ミギネジ、最大のピンチ、到来である。

いや、ここで焦ってはダメ!

そう自分に言い聞かせた瞬間、ミギネジの頭の中にヒントが舞い降りてきた。

「そうだ! 高速に攻撃すると固まって跳ね返されてしまうから、衝撃を与えないようにゆっく~りと攻撃すればいいのかも。あともう1つ。水分を吸い取れば、ダイラタンシーの性質も消えるのではないだろうか?」

新たな仮説を立てたミギネジには、新たな攻撃方法が思い浮かんでいた。

「私はきっと、このときのために新聞紙を捨てずに溜めておいたのかもしれない。家族が1回捨てに行った新聞紙を、犬の散歩に行くと見せかけて持って帰ってきてたんだから。私のニュースが載っているわけでもないのに」

そして、ミギネジは、大量の新聞紙を両腕に巻いた。

「いけぇ~、超低速新聞紙パンチ!」

ミギネジは、白いドロドロに衝撃を与えないように、ゆっく~り超低速のパンチを繰り出した。

大量の新聞紙を巻いた両腕がゆっく~り白いドロドロの中に入り、水分を吸い取っていく……!

ゆっく~りではあるが、確実に白いドロドロの奥のほうにミギネジの両腕が入っていく。
そして、ついに白いドロドロの急所らしきところをつまんだ。

「えいっ!」

さらさらさら……。

白いドロドロはすっかり水分を失い、サラサラの白い粉になって散った。

無事勝利をおさめたミギネジだったが、あることに不満を持っていた。

「散り方はいい感じなんだけど、第1話と第2話に比べて、技の名前がダサい! なんなの、『超低速新聞紙パンチ』って。せめてヤツの性質を示す『ダイラタンシーパンチ』とかにすればよかった……」

「お風呂場の乾燥機もつけておこうかな?」
ピッ、ウィーン。

翌朝。

「おはよー。このクッキー作ってくれたの? お母さんありがとう!」
「片栗粉がたくさんあったから、作ってみたのよ」
「あっ……。片栗粉ってことは、昨夜の白いドロドロの残骸じゃん。眠くて捨て忘れた……」

そう、水と片栗粉を混ぜると、ダイラタンシーの性質を示すのだ。
白いドロドロの怪人は、きっと元々は片栗粉で、ミギネジ家のお風呂の水と混ざり、ダイラタンシーの性質を手に入れたのだろう。

しばらくは、このクッキー生活続きそうだ。

「まあ、おいしいから、いいのか…な…」

こうして、平和は守られた。

【今回のミギネジ必殺技】
必殺技名:「超低速新聞紙パンチ」
分野:物理、化学
費用:★☆☆、手間度:★☆☆、危険度:★☆☆

【ミギネジの予備実験室】
《準備するもの》
◎片栗粉
◎水
◎ボウル

※もしもあれば、
◎スピーカー
◎ラップ

《実験手順》

(1)ボウルに片栗粉と水を入れて、ドロドロになるまでよく混ぜます。

(2)スピーカーの音が鳴る部分にラップを乗せて、その上から片栗粉と水を混ぜたものを置き、音楽を流すとスピーカーの速い振動で色々な形に固まります。

(3)片栗粉と水を混ぜたものをぎゅっと握ったり速く衝撃を加えると、固まってしまいます。

(4)ゆっく~り触ればドロドロとした液体のような状態なので、「超低速新聞紙パンチ」のように手を奥まで入れることが出来ます。

※実験が終わったら新聞紙で水分を吸い取り、処分しましょう。

ぜひみなさんも今回のミギネジ必殺技を試してみてくださいね。


五十嵐美樹(いがらし・みき)
科学のお姉さん。1992年東京都生まれ。
東京大学大学院修士課程及び東京大学大学院科学技術インタープリター養成プログラム修了。
幼いころに虹の実験を見て感動し、科学に興味を持つ。学部在学時に「ミス理系コンテスト」でグランプリを獲得後、「老若男女問わず科学の楽しさを伝えるミス理系女子」として、子どもから大人まで幅広い層に向けた実験教室やサイエンスショーを全国各地で主催、講師を務める。
特技のヒップホップダンスで魅せる「踊るサイエンスショー」は好評を博している。


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