化粧品業界といえば、多くの理系学生が志望する人気業界。日々進化する化粧品の開発に携わることができたら……と夢見る人は多いのではないでしょうか?

このたびリケラボ編集部では、ポーラ・オルビスグループの研究・開発・製造を担うポーラ化成工業にスゴイ研究員さんがいらっしゃるとのウワサをキャッチ。突撃取材を敢行することに! 独自の観点で美白を追求し世界的な新発見をされた、本川智紀さんにお話をうかがうことができました!

本川さんは、美白に関する研究において世界的な学会で最優秀賞を受賞されたり、ポーラが誇る美白化粧品『ホワイトショット』の進化につながる発見をしてきたすごい人です。

本川さん! どうしたら本川さんみたいにすごい発見ができますか? 研究者として日ごろどんなことを心がけていますか? 研究員になる前はどんな道を歩んできたのですか? 気になることを根掘り葉掘りお聞きしました!

シミ研究の常識を打ち破ってみたら、大発見につながった

──本川さんは、美白研究の世界で知らない人はいないほどの第一人者でいらっしゃいますが、まずは、入社されてから現在までのお仕事について教えていただけますか?

入社してからこれまでの20年ほどで、大きくわけると3つの立場で仕事をしてきました。

一つ目は、基礎研究。シミの原因やメカニズムについてなど、主に美白に関する研究です。二つ目は商品の開発。基礎研究から得られた知見をもとに商品をつくります。私は、美白化粧品『ホワイトショット』を担当していました。三つ目は、世の中への発信。学会での発表のほか、たとえば取材や記者発表で商品についてお話しします。販売員の方に商品の性能や特徴を説明することもあります。

2018年2月に発売した『ホワイトショット CXS』

──基礎研究から商品開発、そして世の中への発信まで、幅広い領域に携わられてきたのですね。

そうですね、とくに発信の面では、うまくわかりやすい言葉にできないと、自分の考えが正しく伝わらなかったり、やってもらいたいことが進まなかったりします。そのため、「伝える」大切さや難しさは入社してから特に実感し、努力しました。

 

──シミのメカニズムの研究では、世界的な化粧品学会で最優秀賞を受賞されたすごい実績をお持ちですが、どんな発見をされたのか改めて教えていただけますか?

従来のシミの研究は、シミの原因であるメラニンを「作らせない」ことを目的に行われてきました。つまり、メラニンが「どうやってできるのか」といった点に着目されることが一般的だったんです。でも、視点を変えて研究を進めた結果、細胞の構造にフォーカスした新しい発見をすることができました。

もう少し詳しくお話しますと、シミの原因となるメラニンは「メラノサイト」という細胞でつくられた後、周りに分配され皮膚中に蓄積していきます。そのため、「メラノサイトのメラニンを生成するしくみ」に着目することが美白研究の常識でした。しかし、皮膚を3D的に俯瞰して眺めてみると、シミ部分においてメラノサイトからたくさんの手が伸びていたのです。ここからシミ形成に関わっているのは、メラノサイトから手が生えたように伸びている「デンドライト」という構造も重要であるという示唆が得られました。

その後の研究で、デンドライトの数の増加がシミの形成に重要なこと、およびこのデンドライトの数を増やす「アドレノメジュリン」という因子を見つけて、2012年に『IFSCC(国際化粧品技術者会)』で賞をもらうことができました。

 

──これまでの常識にとらわれない視点が大発見につながったのですね! ほかにも、従来とは違った視点で研究に取り組んだ結果得られた発見などはありますか?

たとえば、「セルフクリア機能」もそうですね。これは「ヒトが本来持つ力を引き出して美白につなげられるのでは」という視点のもと研究を進めて発見したもの。デンドライトによって受け渡され集まったメラニンが表皮細胞によって分解されるという、人間に備わった機能のことなんです。

ポーラ化成工業横浜研究所

──これらの研究成果が、ホワイトショットの開発に活かされてきたのですね。従来とは異なる視点で研究しようという意識は、どうして持つようになったのですか?

プラスアルファの発見をしたいという想いがあるからでしょうか。「自分にしかできない発見をしたい」「誰も知らないことを見つけていきたい」という気持ちが軸になっているのだと思います。そのため、与えられたテーマを越える「問い」をいつも考えて、研究に向かっています。「自分にしかできない新しい世界を創ろう!」という感じですね。

 

──それがいろいろなチャレンジにつながっていくのですね!

研究成果を活かして新たに遺伝子解析事業にチャレンジしたり、ヒトだけでなく霊長類でシミの遺伝子の動きを見てみたり、進化の過程でシミの遺伝子がどんな変化をしてきたか調べたり、古代人の肌を研究してみたり……。いろいろな研究をしてきました。もちろん、うまくいったものも、いかなかったものもあります。

 

──縄文人と弥生人のどちらをルーツに持つかでシミができやすかったりできにくかったりするという研究、とても面白いなあと思いました。これは、もはや化粧品研究を超えて人類学や考古学の領域ですよね。

もちろん自分一人じゃできないので、社外の専門家の方にお話をさせてもらって協力をお願いすることも多いです。古代人の研究は国立科学博物館をはじめ多くの専門の先生にご協力をお願いしたのですが、ありがたいことに、こちらの熱意を伝えるとみなさん暖かく迎え入れてくれるんです。

そのほかの研究も、業務の範囲を超えて自主的に進めることがしばしばあるのですが、お昼休みなど合間の時間に研究室や設備を使わせてもらえるのは、会社からのサポートとして感謝しています。

縄文人(左)と弥生人(右)のイメージ。
日本人は縄文人と弥生人の2種類の遺伝子を受け継いでいると言われ、縄文人型のほうがシミのリスクが高いのだとか。

 

──やりたくて始めたことでも、本業との両立の問題もありますし、必ずしも期待通りの結果が出るとは限らないわけで、大変なことがたくさんあったと思います……。それでもチャレンジを続けてこられた、モチベーションを保つ秘訣は何でしょうか?

妄想することです(笑)。うまくいったときにみんなが驚く様子を妄想するのが一番のモチベーションな気がします。

のちほどお話すると思いますが、私は学生時代にあんまり成功した体験がなくて。大学での勉強も、大学院での研究室配属も、思ったようにいかなかったんです。だから、「自分がやりたいことにチャレンジできる」というのがとてもうれしくて、それ自体がモチベーションにつながっているともいえますね。

仕事は、新しい驚きを生むための手段

──ここからは、本川さんがこんなにもチャレンジを続けてこられたことや、研究に対する姿勢が形づくられてきた背景を探るべく、ご自身のヒストリーについてお聞きしたいと思います! まず、大学院ではどんな研究をされていたのでしょうか?

医科学研究科で、ミトコンドリアの遺伝子変異について研究をしていました。ミトコンドリアは細胞に数百から数千個ある、エネルギーの発電所のようなものです。ミトコンドリアのなかにもたくさんのDNAがあって、変異の割合が高まると病気につながります。そこで、どれくらい変異すると、どのような現象が起きて症状が出るのかということを研究していました。周りは、製薬会社さんに行く人や、そのまま博士課程に進む人が多かったですね。

 

──製薬会社や博士課程に進む人たちに囲まれながらも、本川さんが化粧品メーカーで働こうと考えたのはどうしてだったのですか?

私としては、業界を絞らずに「理系の知識を活かせる楽しい職に就きたい」という気持ちでした。そのため、ビールメーカーさんや食品メーカーさん、あとは知識を活かして発信するという意味で、新聞社やマスコミ会社さんなどへの就職も考えていたんですよ。

 

──そこまで選択肢を広げるのって、普通はなかなか勇気がいることだと思います。本川さんはどうしてそんなに幅広く考えられたのでしょう?

多くの人は、具体的なやりたいことがまずあって、「それを仕事にしたい」と考えるかもしれませんが、私はそうではなかったんです。

先ほどお話したモチベーションの話にも通じますが、当時から「新しい驚きを生み出したい」という思いが強かったので、仕事はそのための手段だと考えていました。だから、知識を活かして新しく何かを発信できるのなら、どんな形でも楽しくやっていけるだろうなと。選択肢を絞りすぎて、自分の可能性を狭めてしまうのもすごくもったいないと思っていたんです。ポーラ化成工業が一番に内定を出してくれたので、これも縁だと思って入社させてもらいました。


 
──さらに少しずつさかのぼりながらお話を聞かせてください! 大学院に進む前は、どんな学生生活を送っていましたか?

あんまり……真面目な学生ではなかったですね……(笑)。大学では農学部に所属していました。当時はバイオテクノロジーがブームになっていたころで、「技術で一気に世界を変えられるんだ」とワクワクして入ったんです。

でも、いざ大学に通い始めると、最先端の技術よりも、現実的な身の回りのことを学ぶ講義が多かった。今となっては、それももちろん大切な授業だとわかるのですが、当時は若かったので理想とのギャップを感じてしまいました。それであまり真剣になれなくて……。

でも、研究室に入ってからは楽しかったですよ。遅くまで研究室にこもって、深夜のハイテンションのなか実験をしたり(笑)。

 

──大学の授業にギャップを感じてしまったことが、先ほどお話にあがった「思うようにいかなかった経験」のひとつでもあるのですね。そこから医科学研究科の大学院に進もうと思ったのはどうしてだったのでしょう?

正直なところ、「医学の研究で病気の解明とかに携われたらかっこいいな」というような、単純な理由だったと思います(笑)。ただ、入ることをほぼ想定していなかった、第三希望の研究室に配属されたんです。そこがどんな研究をしているのかっていうのも正直あまりよくわかっていなくて、研究室の場所も知りませんでした(笑)。実際に入ってみたらとても魅力的な研究をしていることに気がつき、一生懸命取り組めたのでよかったのですが……。

こんなふうに、学生時代は思い通りにいかないことが多かったですね。だからこそ、今はやりたいことをできる喜びやありがたさを感じています。

子どものころから驚かせるのが大好き

──さらにさかのぼってお聞きします。子どものころから、もともと理系の科目が得意だったり、興味があったのでしょうか? 何か原体験になっていることなどはありますか?

進路として決めたのは、学校のコースが文理で分かれる高校一年生のタイミングでしたが、子どものころから自然科学が好きだったように思います。

原点になっているのは、小学生のときに望遠鏡を買ってもらったこと。それから夜になると夢中になって星を見ていました。あるとき、本を読んでもどうしてもわからないことが出てきて、地元の、天文台を保有しているアマチュアの天文家さんのところに聞きに行ったことがあります。すると、親切にいろいろと教えてくれたんです。このときの感動が、「熱意があれば伝わる」という原体験となって、異分野の先生に教えを乞うときにも活かされたと感じています。

 

──まだ小学生だったのに、疑問に思ったことを詳しい人にわざわざ聞きにいこうと考えたなんてすごいです。そのころから、探究心やチャレンジ精神が旺盛だったのかもしれませんね! ちなみに、小学生のころはどんな子どもだったのですか?

星のほかにもうひとつ、手品が好きで……。あ、今思えば「驚かせたい」というのはこのころから持っていることかもしれません。手品で人を驚かせるのがすごく楽しくて、学校の友達の前で披露したりしていました。手品は不思議でびっくりするけれど、必ずタネが存在するという理論的な面もあります。理論と驚きがリンクするという部分では、研究にも似ているところがあるかもしれませんね。

 

――遠い宇宙の星たちと、手品という手元の世界を行ったり来たりしていたのも、細胞を俯瞰して大発見につながった先ほどのお話に通じる気がしますね。

本川流! モチベーションの保ち方・伝える力の伸ばし方

──本川さんの場合、ポジティブな考え方やエネルギッシュなお人柄が、すごい発見をモノにしてこられたポイントになっているように思います。ぜひ、学生や若手社会人のみなさんに向けたアドバイスもいただけたらうれしいです。

まず、モチベーションの保ち方について。本川さんご自身、学生時代はなかなか思い通りにいかないことが多かったとのことでしたが、くじけずに前向きな気持ちを持ち続けるにはどんな意識を持てばいいでしょうか?

今だからこそ言えるのは、「そういう時期が一生続くわけではない」ということです。異動だったり何かのタイミングだったり……。環境が変わるチャンスがどこかで必ずやってきます。だからこそ、今できることをきちんとやっておきましょう。日ごろちゃんとしておけば、チャレンジできる時期がきたとき、きっと周りも応援してくれるはずです。

夢と現実にギャップがあるときは、うまくいかない今の状況だけを見て悲観するのではなく、少しだけ未来を想像しながら目の前のことに取り組むといいのではないでしょうか。

また、自分が熱量を持って取り組めるものを見つけることも大切ですよ。ただ、本当にやりたいことって、自分でもよく分かっていないことが多いように思います。その場合は、与えられた普段の仕事にひと工夫して、何でもいいので自分が「いいな」と思えるものを付加してみるといいかもしれません。目の前のことにきちんと取り組みながら、自分が熱量を持てるよう少しずつ工夫して、頑張ってみてください。

 

──それから、「伝える」ことを大切にされてきたというお話がありましたが、「コミュニケーション能力」を上げるにはどうすればいいでしょうか?

まずは、「何のために」伝えたいのかということを考える必要があるのではと思っています。伝えることはあくまでも手段で、その先には目的があるはず。相手と仲よくなりたいのか、情報を伝えたいのか、何かやってもらいたいのか……。話し方の訓練の前に、「誰に」「何を話して」「どうなりたいのか(どうしてほしいのか)」を明確にすることが大切です。一対一で話すのか、複数に向けて話すのかによっても、話し方は変わりますよね。

また、「コミュニケーション」と一括りにされがちなのですが、コミュニケーションにはいろいろな種類があることに意識を向けてみてください。研究内容など専門的なことをわかりやすく伝えるといった視点でいえば、身近にいる専門家じゃない人に話してみるのが一番いいのではと思っています。たとえば、家族に話をしてみて、きちんと通じるか確認してみたり。就職活動でも、仕事でも、専門外の人に自分の研究について伝える場面は結構あるはずなので、伝える練習をしておいて損はないはずです。

 

──アドバイスありがとうございます! それでは最後に、本川さんご自身が現在力を入れているお仕事やビジョンについてお聞かせいただけるとうれしいです。

ここ2〜3年は、化粧品の枠を超えて新しい価値を創造することを目指す取り組みをしています。このプロジェクトでは、研究だけでなく、ビジネスモデルの設計も同時に進めています。

どんなに素晴らしい研究結果が出たとしても、ほかに先を越されてしまったらもったいないですよね。そのため、早く世の中に出せる仕組みを構築しようとしています。

これまでは、基礎研究をして、結果をもとに開発して、それをうまく事業にするためのビジネスモデルをつくって……と、段階的に進めることが一般的なやり方だったと思いますが、同時に進めることで、スピーディーによりよいものを生み出せるようになります。研究と並行して社会のニーズを探るので、それによって基礎研究の方針が変わることもあり、互いに影響しあう点も面白いです。これまでは「美白」というゴールが明確なものを最短ルートで実現するための手段を探すのが仕事でしたが、これからはゴール自体を自分たちで探して事業化していきます。この「新価値創造プロジェクト」については、もうすぐいろいろと世の中に発信できるかと思うので、楽しみにしていただけたらうれしいです。

 

 

──本川さんにお話を聞いて、新しい視点を持つことの大切さや、そのチャレンジ精神の源になっている「驚きを与えたい」という気持ち、そして、「やりたいことをできる喜び」を感じて研究に取り組まれてきたことをひしひしと感じることができました。たとえうまくいかないことがあっても、それは決して失敗ではなく、思い通りにいかない状況が一生続くわけではありません。読者のみなさんも、ぜひポジティブな気持ちで、いつかやってくるチャンスに備えて日々の研究やお仕事を頑張ってみてください。
本川さん、今日はお忙しいなかありがとうございました!

 

本川 智紀(もとかわ とものり)さん

ポーラ化成工業株式会社 フロンティアリサーチセンター 上級主任研究員。理学博士。筑波大学大学院 医科学研究科を1998年に修了後、同年、ポーラ・オルビスグループの研究、開発、製造を担うポーラ化成工業株式会社に入社。シミの発生メカニズムなど美白に関する研究を続け、第一回日本色素細胞学会奨励賞受賞(2008年)、国際化粧品技術者会で最優秀ポスターアワード受賞(2012年)、財団法人日本粧業界 業界発展功労者表彰(2013年)など数々の受賞歴を持つ。

 

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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