カンロ『ありのままに』シリーズ
『カンロ飴』や『ピュレグミ』などでおなじみのカンロから、2017年8月より発売開始された新シリーズ。「“キャンディを食べるしあわせ”をシンプルに感じてもらいたい」というテーマのもと、素材のおいしさを最大限に活かした製法で、香料・着色料不使用にこだわり作られている。“すりおろし林檎”“卵とミルク”“はちみつ黒糖”の3種類を展開。現在は販売終了。
https://www.kanro.co.jp/product/

今回は、カンロ株式会社にお邪魔し、『ありのままに』シリーズで『卵とミルクキャンディ』の開発を担当された篠原祥子さん(化学系学部卒・中途入社2年目)にお話を聞きました。

ずっと味わっていたい“素材のおいしさ”を求めて

──「“キャンディを食べるしあわせ”をシンプルに」という『ありのままに』シリーズのテーマが生まれたのは、どのような経緯だったのでしょうか?

今の時代はSNSなどを中心に、口コミがどんどん広がっていきますよね。そのため業界全体で、新作スイーツの入れ替わりが激しくなっています。そこで、あえて原点に立ち返り、長く愛され続けるシンプルなものを作ろうと、『ありのままに』シリーズのテーマが生まれました。

──ありそうでなかった“卵とミルク”の味を展開することになったのは、どんな背景があったのですか?

卵はお菓子によく使われる食材ですが、キャンディの材料になることはこれまでほとんどありませんでした。そんななか、当社では以前にも、卵を使った製品を販売したことがあるんです。そこで、前回よりもさらにおいしいものを作って、キャンディ市場の新しい分野を開拓していこうと、開発がスタートしました。

開発が始まると、まずはどんな方向性の味を目指すべきか検討を重ねました。卵がメインの原材料になっているお菓子を、とにかくたくさん試食してみたんです。

その結果、プリンやカスタードなど、あまり熱を加えないものは卵の風味を感じやすく、連食性(ずっと食べていたくなる感覚)もあることに気がつきました。一方で、カステラなどの焼き菓子は咀嚼して味わうものなので、長い時間口に入れておくのにはあまり適しません。また、高温で加熱することによって発生する“焼け臭”(カステラなどに感じる香ばしさ)がつくと、卵の風味が薄れてしまうこともわかったんです。これは、卵をメインの原材料にするうえでぶつかった大きなカベでした。

そこで、“卵とミルク”の開発では、できるだけ低温で水分を飛ばし、焼け臭を抑えることに重点が置かれました。

──加熱の話が出たところで、キャンディの基本的な製法についてもぜひ教えてください。

キャンディは、砂糖と水飴を加熱溶解し、水分が1〜3%になるまで煮詰めて製造します。大切なのは、砂糖を完全に溶解させること。溶け残りがあると、その部分を種に砂糖同士が結合しやすくなるため、一部分がベタついてしまうことがあるんです。透明なキャンディを作る際は、色が濁る原因にもなります。

また、砂糖を高温で加熱した場合、ブドウ糖(グルコース)と果糖(フルクトース)に分解されます(=転化)。すると、キャンディの吸湿性が高まり、耐久性が悪くなる──つまり、表面がベタつきやすくなってしまうんです。そのため、減圧して沸点を下げ、できるだけ転化させずに水分を飛ばすようにしています。“卵とミルク”ではさらに特殊な方法で、加熱を最小限にしているんですよ。

砂糖の構造図

──“素材のおいしさ”を最大限活かすために、工夫したことや、大変だったことはありますか?

『ありのままに』シリーズは、無香料・無着色にこだわっており、そのぶん、口に入れた瞬間の香りや、味の深みを感じさせることも難しくなります。それを解決するためには、卵をとにかく多く入れる必要がありました。しかし、たくさん入れるほど、どうしても生臭さが出てきてしまって……。これも、今回の開発でぶつかったカベのひとつ。日本では、魚粉が含まれる餌をニワトリに与えることが多く、卵が生臭くなりやすいんです。だからこそ、卵かけご飯などには合うのですが、お菓子に使う場合はマイナスのポイントになってしまう。

そのため、餌にも着目しながら、キャンディに適した卵を見つけ出しました。ミルクも、卵の生臭さを抑えて、風味をより引き立ててくれるものを試行錯誤して選んでいます。


原料を混ぜ合わせる工程の一例を見せてもらった。脂肪分がどれだけ細かく分散されているかによって、味にも変化が現れる。
ちなみに、味や舌触りのチェックは、ひたすら試食を重ねて行うのだとか

研究開発職に就くには?
─あきらめず、今できる最良の選択を─

──大学時代はどんな勉強をされていたのですか?

理学部化学科に在籍して、化学全般を幅広く学んでいました。昔から、気づけば理科が好きで、理系の道に進んだのは自然な流れでしたね。それに、子どものころからものづくりが好きで、自分がつくったものにフィードバックをもらえることに喜びを感じていたんです。化学を専攻すれば、将来も何かものづくりに携われるのではという考えもありました。

だけどじつは、大学では研究室に入らなくて……。私の大学は、かならずしも希望通りの研究室に入れるわけではありませんでした。そのため、志望していた研究室に入れなかったんです。一度は別のところに入ってみたのですが、研究内容にどうしても興味を持てず、「このまま1年間続ける意味があるのかな?」と、疑問に思うように。結局、1ヵ月のお試し期間を終えたタイミングで辞めることを決めました。

それでも、大学の授業で特に興味を持てたのが、身近なものに活用されている科学現象だったことなどから「ものづくりに関わりたい」と改めて思い、就職活動では研究開発職を目指すことにしました。

だけどやっぱり、研究室に入っていなかったので、採用してもらうのは本当に難しくて……。もう少し、選択肢を広げることにしました。

結果的に、はちみつを取り扱う企業に内定をもらい、品質保証の仕事をすることに。主にハチに使った動物用医薬品や、花に使った農薬が、はちみつのなかに残留していないか調べる仕事をしていました。精度の高い機械を自由に使って実験できたので、スキルアップや自信にもつながったと感じています。

そんななか、商品開発に近い仕事に関わる機会があり、その楽しさから「やっぱり自分は商品開発がやりたいんだ」と実感。それで、当時中途採用の募集をしていたカンロに応募したんです。採用してもらえることが決まり、3年ほど働いた前の会社を辞めて、カンロに入社しました。

上司の本郷さんに、篠原さんが採用された理由についてうかがってみたところ、「ものづくりに対する“こころ”」そして「興味のアンテナの広さと好奇心の強さ」がポイントだったのだとか。
『卵とミルク』開発初期段階でいろいろな味を根気よく試作した際も、ものづくりが好きな気持ちがにじみ出ていたそうです。

──研究開発職を目指すうえで、どんなことを心がけておくと良いでしょうか?

これは研究開発職に限らず社会人全般に言えることなのですが、学生時代の勉強の取り組み方が仕事にも現れます!

私は、宿題やテスト勉強を一夜漬けでやるタイプでした。すると仕事でも、ついつい「まだ期限があるから大丈夫」と、ギリギリまで引っ張ってしまうことがあるんです。今ではすごく反省しています……(笑)。何ごとも、計画的に進めることが大切ですね。

──今後の目標があれば教えてください!

じつは、いつかつくれたらいいなと考えている商品のアイディアがあって、今は通常業務のかたわら、セミナーや学会に参加したり、論文などから情報を集めたりしているところなんです。

将来的に、思い描いているものを完成させてお客さまに喜んでもらえたら、自分がものづくりしてきたことの価値も高まるはず。具体的にどんなものなのかはまだ秘密ですが、いつか実現できたらうれしいです。

これまで、ありそうでなかった“卵”のキャンディ。難しい素材の商品化にチャレンジし、みごと実現してみせた老舗メーカーのキャンディへの愛と情熱を存分に感じたインタビューでした。

そして、「研究開発職は狭き門」だと考えているみなさん。篠原さんのようにあきらめない心があれば、たどり着くための道がきっと見つかるはずですよ。

未経験にもかかわらず採用されたポイントが、「ものづくりに対するこころ」だったことも印象的ですね。ものづくりが好きでたまらない人、企業から見て一緒にものづくりをしたいと感じさせる人はどんな人でしょうか? 商品開発職を志望されている方は、ぜひ考えてみてください。

この記事が少しでもヒントになれたらという想いで作成しました。読者のみなさんも自分が心からやりたいと思える仕事に就けることを願っています!

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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