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「ごはんと醤油」は最強の組み合わせ

ちょっと前のことだが、近所の居酒屋の日本酒とおでんのイベントに参加した。

店主が選んだ8種類の日本酒を燗にして、おでんと合わせて楽しむというもの。店主曰く、燗酒に合わせておでんのだしや具を変え、さらには燗酒の温度まで変えているという。燗酒の香りにおでんのうまみの組み合わせは、確かにおいしかった。

食事中に飲む酒といえば、ワインが代表的である。肉なら赤ワイン、魚なら白ワインというように、食材や料理にあわせてワインを選ぶことはよく知られる。

ワインと料理のおいしい組み合わせを「マリアージュ」などとフランス語でいうが、口の中でワインの香りや味とともに料理の余韻を楽しむのはまさに至福の時、「大人になってよかった」と感じる。

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茶道では、お茶を飲む前にお菓子を食べるのが決まりだ。なぜお菓子と一緒にお茶を飲まないのかというと、このほうがお茶をよりおいしく味わえるからだ。

練り切りのような甘い和菓子を食べると、甘味でのどが渇く。そこに出された抹茶の苦味は口の中に残った甘味によって心地よく感じ、お茶の旨味や甘味もより強く感じる。そういえば、ほろ苦いコーヒーともに食べる甘いチョコレートとの組み合わせもおいしい。

苦味や渋みなど単独ではあまり好ましくない風味も他の食べ物と組み合わせると、おいしく感じるから不思議だ。

日本人の基本的な食事はご飯を中心に複数のおかずで構成されている。私たちが毎日食べるご飯はおかずを引き立てる最強の食べ物だと思う。日本では、縄文時代の終わりごろにすでに稲の栽培が始まっていたと考えられているので、日本人は3000年以上もの間、ご飯を食べてきたことになる。

こんなに長い間、ご飯を食べ続けてきたのは、ご飯にエネルギー源となるデンプンがたくさん含まれているからだが、何よりご飯の魅力は、魚でも野菜でもどんなおかずにも合うこと、そして食べ飽きないことにある。

これは、ご飯の味が非常に淡白なことによるものだ。ご飯を口に入れただけではほとんど味はせず、噛みしめるとかすかな甘みやうまみを感じる。しかもいくら噛んでも味が大きく変わることはない。

さらに日本人の食事で、どんなものでもおいしくする最強の調味料は醤油である。醤油は、大豆や小麦に食塩や水を加えて発酵させたもの。大豆のタンパク質や小麦のデンプンは、麹菌などの微生物のはたらきによって、色や味、香りの成分ができる。強いうま味や300種類以上の成分のバランスからなるという特有の香りが特徴だ。

食べ物を組み合わせておいしく感じるのは、よい風味が新たにできたり、強まったりするとき、あるいは悪い風味が抑えられるといった相互作用による。

たとえば、ごはんは味がないので、おかずの味を邪魔せずに引き立て、さらにご飯のもちもちとした食感がおいしさを増強させる。醤油を1滴たらすだけで食べ物にうま味や風味を加え、ぐんとおいしくする。

千差万別の味覚をどう測るか

私たちはさまざまな食べ物を組み合わせ、調理や調味し、このことによって生まれた複雑な味わいや香り、歯ざわりの変化などにおいしさを感じている。このような食べ方をする生物はヒトだけだ。

とはいえ、おいしさはしょせん個人の主観によるもの。先のおでんと日本酒の組み合わせはたしかにおいしかったが、その組み合わせは店主の感覚によるもので絶対的なものではない。

コーラを飲みながら食事をする人を見かければ、その組み合わせは合わないだろうと思うが、おいしさは人それぞれ。もしかしたら先入観で合わないと決めつけているだけで、実際はおいしいのかもしれない。

私たちははおいしさを舌や口の中ではなく、脳で感じている。食べ物を食べるとき、まず食べ物のにおいを感じ、食べ物の色や形を認識し、口の中に入れる。

口の中では味はもちろんのこと、かたい、やわらかいなどの食感を感じ、耳では「ぽりぽり」といった食べ物の音を聞いている。

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嗅覚、視覚、味覚、触覚、聴覚の五感を使って食べ物のあらゆる情報を受け取ると、それを食べてよいか悪いか判断し、食べてよいとなれば、おいしいと感じ、食欲をわかせて必要な栄養素を摂取しようとしている。そのため、おいしさを感じさせる要因には、味やにおいばかりでなく、食べ物の色や形、食べたときの食感や音などさまざまなものが含まれる。

さらに、食べ物の直接的な要因だけでなく、食べる人の体調や食べるときの環境、食文化などの間接的な要因にもおいしさは左右されている。「おいしい」とはよく使う言葉だが、実際はこの感覚はかなり複雑だ。

食品のおいしさを評価することはとてもむずかしく、食品メーカーは食品を様々な方法で分析した客観的評価と食べる人の感覚による主観的な評価を組み合わせている。

近年は消費者の好みが多様化しており、いくらすぐれた感覚をもつ検査の専門家でも多様な味の好みを評価することはできない。味を計測し、おいしさを客観的にとらえるものさしがあればいいのだが、味覚は複雑で感じ方の個人差が大きいので、客観的な評価は難しいと考えられてきた。

味覚の数値化を研究している九州大学大学院の都甲潔主幹教授は、ベンチャー企業のインテリジェントセンサーテクノロジー社との共同で味覚センサーを開発している。ヒトの舌の性質を模倣したセンサーで味物質による電圧の変化を測定することで食べ物の味の強弱を数値で表すことができる。

食べ物を口に入れたときに感じる「先味」、食べ物を飲み込んだ後に感じる「後味」を甘味、塩味、苦味、酸味、旨味の基本の味やコクや雑味などの数値で表現できる。

味覚センサーでは、味の相互作用も分析できることがわかり、その測定から食べ物の組み合わせの新しい知見が得られている。

肉料理に赤ワインが合う理由は、赤ワインの渋味に肉のうま味を洗い流す効果があり、肉をおいしく食べ続けることができるためだとわかった。また、日本酒は白ワインよりチーズのうまみの余韻を多く残すことが明らかになり、日本酒とチーズの相性がいいことが示された。

こうした食べ合わせを味覚センサーで検証していくと、相性のいい食べ物の組み合わせのパターンがわかってきた。食べ物の味わいを分類していき、同じパターンの組み合わせや補完しあうパターンの組み合わせの食べ物は相性がいいのだ。すると、塩鮭と酸味の強いコーヒーの相性がいいという意外な組み合わせがみつかった。

どんな味になるか想像がつかなかったので、その組み合わせを試してみた。酸味の強いコーヒーではなかったので、最適な組み合わせだったのかどうかは定かではないが、悪くはなかった。

生ハムメロンは意外な組み合わせの代表格(Photo by iStock)

コーヒーの風味は意外にも鮭の塩味や脂とあっていたし、鮭の臭みも抑えていたようだ。塩鮭にはやはりご飯がほしいというのが率直な気持ちだが、興味のある方はぜひ試してほしい。先入観にとらわれずいろいろな組み合わせを試してみると意外なおいしさがみつかるのかもしれない。

味物質の種類は多く、食べ方により組み合わせもさまざまなので高精度な測定にはまだ改良が必要だが、センサーにより複雑な味を客観的に評価できるようになったのは大きな進歩だ。

その成果は味覚の理解にもつながってきた。味覚の生理的な理解も進んでおり、今後おいしいという感覚がどこまで解明されるのか楽しみだ。