理系の青春はこんなに面白い! 獣医学科で動物の生命と向き合う学生たちの笑いあり涙ありの日々。
現役大学院生の片川優子さんが瑞々しい文章でリアルに描く青春小説『ただいまラボ』が3月18日に講談社より発売されました!
 

『ただいまラボ』書影
 
『ただいまラボ』(c)片川優子/講談社

 
動物の命を受け入れ、人とぶつかり、自分と向き合いながら成長していく獣医学生たちの姿。
彼らの日常が、ときにコミカルに、そして真摯に描かれています。
 
発売を記念して、Rikejoでは片川さんが所属する麻布大学獣医学部を突撃インタビュー!
リケジョ必見の獣医学に関する情報、そして『ただいまラボ』に込めた想いを語っていただきました。
 
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リケジョも要注意!「理系あるある」

『ただいまラボ』には獣医学部の学生である「ミカ」や「新倉さん」としてリケジョも登場します。そして、片川さんご自身もリケジョです。なにかと比較される「文系と理系」。本サービス「Rikejo」から広まった“リケジョ”という言葉も、今やすっかり定着しています。だけど「自分はリケジョよ、って過剰に思ったらオシマイ」だと片川さんは言います。その真意とは…?
 
「実は『リケジョ』って括るのも難しいことですよね。周囲から応援されるのは嬉しいことだけれど、自分で特別だと思ってしまうのは違うかなと思います。社会に出たら、文系でも理系でもなく、まず個人が見られますから。それに、理系にはわからない文系の奥深さだってあるので、文系は単位が少なくて済むとか、そういった面でしか判断してはいけないと思っています。」
 

-片川さん自身が、文系とのギャップを感じることもありますか?

「高校時代に仲良くしていた6人グループは、文系:理系が3:3で半々ですけど、文系の友達はたいてい先に就職するので、遊ぶ場所や遊び方も変わってきますし、同窓会に行きづらかったりします。獣医学部は6年間であることも、医学部や薬学部に比べると、あまり知られていないんです。だからといって、社会にでるタイミングがそれぞれ違うだけですから、お互いの事情を知らずに相手を軽んじたり、住む世界が違うと決めつけてはいけないと思います。(作品を通じて)そのギャップを少しでも埋めたいという気持ちもあります。」
 
- “実験がんばってるオレ” に酔ってしまう登場人物の姿。ハッとしてしまいました!
「私は手を動かして実験をすることが好きなのですが、調査研究など、データの統計をとって論理を構築する手法もあります。それに『実験をすれば、研究なのか?』というと、そうではないと思うんです。ただ手を動かしているだけでは、研究をしている気になっているだけなんですよね。」
 
-作品のなかでは「新倉さん」が苦い体験を通じて、社会に出る前に大事なことに気づいていました
「新倉さんという女性はいわゆる「リケジョ」の反面教師として描きました。獣医の世界も狭い世界なので、外に出ることが大事だと思います。彼女(新倉さん)の根本的な部分は変わらないと思いますけど(笑)」
 

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知られざる獣医学科の実情

片川さんが在籍する麻布大学の獣医学科では、男女比はおよそ半々。傾向としては、体力を要する外科などの『臨床系』と呼ばれる研究室は男性が、地道な作業を必要とされる『基礎系』の研究室は女性が志望することが多いようです。獣医といっても「動物のお医者さん」が全てではないと、片川さんは話します。
 
「全国に獣医学科がある大学は、私立5校、国立12校の全17校。関東では私立3校、国立2校で、関西には私立の獣医学科がありません。なので、身近に獣医のロールモデルとなる人は、なかなかいないと思います。接する機会があるとすれば、おそらく動物病院の獣医なので、そのイメージが強いですよね。“人間のお医者さん”に対する世間のイメージは、実情とさほど違わないと思いますが、獣医は同じ『医師』でも安定した職とは言えません。そもそも獣医学科自体が少なく、入ることが難しいことも、あまり知られていません。」
 

-作品を通じて「動物のお医者さん」以外にも、公務員の道や、企業研究者の道があることを知りました

「ペット診療では犬や猫がメジャーですが、ウサギ、ハムスター、モルモット、ヘビ、鳥・・・などは『エキゾチックアニマル』という括りになるんです。獣医学って、もともとは農耕や移動手段の使役動物である牛・馬・豚・犬を対象にしているので、実習で牧場に行く機会もあります。麻布大学の獣医学科では、6年間のうち、大きな実習は2年生の夏と、5年生の夏にあり、2年生の夏に牧場実習を行います。牧場にアポイントメントをとるところから、自分でやらないといけないんですよ。5年生の夏は、自分が就く見込みのある職業で実習を行います。病院実習の他にも、公務員、企業のインターンなどがあります。公務員になった場合は、農林水産省や各自治体に所属して、検疫などの仕事に携わることになります。牛や馬に関わりたい場合は、NOSAI(農業共済)や競馬のJRAを志望する人もいます。」
 
-「獣医=動物のお医者さん」のイメージは、獣医を目指す多くの学生にも言えることですか?
「やっぱり、最初はそう思って入学する人が多いです。医者も獣医も命を救いたいという思いは同じだと思いますが、獣医を目指す人は、とにかく動物が好きなんですよ。だけど、好きだからこそ、獣医を職業にできないこともあります。獣医学科では、動物の命をもらって実習を行います。割り切ることができなければ、この道を進むことはできないのです。」
 

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-実習の描写はとてもリアルで緊張感があり、読んでいる自分も実験室にいるような感覚を味わいました
「私自身も実習を経験して思いました。『生半可な覚悟で来ちゃいけない場所だ』って。実習では、ビーグル犬を使うのですが、殺すことはどうしても避けられない。2年生の犬体解剖では、ホルマリン固定された状態で解剖を行うので、まだ自分では命をおとさないのですが、麻酔を使う5年生の外科実習では『私たちの仕事は命を扱うことなんだ』って思い知りましたね。筆記試験で悪い点を取っても困るのは自分だけですが、動物を使う実習は動物の命が、自分の、この手にかかっています。確実に処置できなければ、死なせてしまう。これに耐えられなくて、獣医の道を諦める人も少なからずいるのが現状です。」
 

-動物病院の跡取り息子ならではの葛藤も描かれていましたね

「親が獣医だとしても『雇われ院長』の場合は、継がなくてもよいのですが、実家の病院を継ぐとなると、避けられない部分はありますよね。院長になれば、経営や職場の人間関係のマネジメントも担っていくことになります。それも含めて、獣医になるということなのかもしれません。経営には携わらなかったとしても、動物だけを診るのが獣医ではないんです。依頼主は人間の飼い主さん。その飼い主さんとのコミュニケーションが治療の選択にも大きく関わります。保険がきかない分、診察料も高くなるため、動物と飼い主の双方にとってベストな治療法を見つけることも獣医の役割だと思います。」
 
 

現役獣医学生・作家「片川優子」として

高校2年生で作家としてデビューして以来、執筆活動を続け、現在は、麻布大学の獣医学研究科 博士課程に在籍している片川優子さん。異色の経歴の持ち主である片川さんならではの視点、そして作品に込めた思いを伺いました。
 

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-片川さんご自身は、なぜ獣医を目指したのですか?
「私は物心ついた頃から獣医になりたいと言っていて、小学1年生の時、七夕の短冊に“じゅうい”と書いていました。母の話では、動物が好きで、動物に関係する仕事を母に尋ねたと言います。トリマーや動物園の飼育員、ペットショップの店員などを挙げていったのですが、獣医のハードルが一番高いことを母も知っていたので、あえて最後まで言わなかったそうです。だけど、一番私に響いたのが“動物のお医者さん”つまり、獣医だったんです。研究員だった母の影響もあり、自分も白衣を着るイメージを持っていました。臨床で『目の前の1つ1つの命』と携わるか、研究で『将来、多くの命を救う可能性』を開拓するか、アプローチの違いはありますが、私は研究を続けていきたいと思っています。
 
-第一章「シカミミ」では、自分にとっての”ギンブナ”(=大切なこと・もの)探しがテーマでしたね。片川さんにとっての「ギンブナ」は何ですか?
私の “ギンブナ”は本を書くことですね。常に本を書くことを見据えて、世界をみています。」
 
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-こうして研究室にお邪魔してみると、作品の舞台となった「ラボ」とかなりイメージが近いですね
「登場人物に具体的なモデルはいませんが、先生と研究室、実験内容はかなり私の実体験に基づいています。研究室の描写をより詳しくするために、間取りも全部そのままです(笑)。教員室と実験室が区切られている研究室もありますが、私が所属するラボは、ちょうど、いま取材を受けている空間が「居間」として教員室と実験室をつなぐ機能を果たしています。“先生が良いタイミングで、良いことを言ってくれる”というのは意識的して書きました。直球ではなく、ちょっと変わった視点からアドバイスをしてくれる先生のキャラクターは、私の指導教員の先生を参考にしています。」
 

-「DNA」や「RNA」、「電気泳動」といった分子生物学の専門用語・実験用語も、驚きの比喩で見事に表現されていましたね!

「実は、相当直したんですよ!最初は、読みづらくなると思ったので、専門的な説明は省いていたんです。とくに、自分がこの分野にいると、一般的にはどこまで理解されているのかが、感覚的に分からなくなってしまうので、編集者さんとの間で『わかる・わからない』の境界を埋めていく作業をくり返しました。説明文が長すぎても読むのが疲れてしまうので、その加減が難しかったですね。
 
教科書や参考書を通じて学ぶ知識も、自然な会話のやり取りのなか身につくと、より楽しく、生きた知識になると思います。この作品では特に、物語のなかで、自然に知識が身につくように意識しました。その分、科学的に間違ったことは書けないので、慎重に調べました。獣医学科の院生である私が書いているからこそ、責任を感じて書いています。
 

-今回の作品のなかで、特に思い入れの強い章はありますか?

「やっぱり最後の『ブンセイ』ですね。命と向き合うことをテーマにした短編なので、時間をかけて、気持ちを引き締めて書きました。最近は、簡単にペットを買えるようになっていますが、その在り方には疑問も感じます。『かわいい』とか『かわいそう』で終わらせてはいけない責任が、私たち人間にはあると思います。」
 
-読後に改めて『ただいまラボ』というタイトルがしっくりときました。片川さんにとって、ラボはどんな場所ですか?
「実験をしたり、実験の合間に執筆をしたり・・・ラボは、私にとって滞在時間が最も長い場所です。いまや『ただいま』より『いってらっしゃい』側になることが多いですけどね。学部生たちが授業にいったり、後輩たちが学部を卒業していく姿を見送ったり。本当に『いってらっしゃい』と声をかけることもあります。みんなが集まったときに『ただいま』って思えるラボがいいなと思っています。」
 
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獣医を目指すリケジョはもちろん、獣医学の世界をのぞいてみたくなったら『ただいまラボ』を手にとってみてください。きっと、色々な感情を抱く自分に出会えるはずです。
 
 


◎『ただいまラボ』 片川優子著 2015年3月18日発売
http://book-sp.kodansha.co.jp/topics/tadaimalab/
絶賛発売中!

 
 


ライター プロフィール

profile

堀川 晃菜 (Horikawa Akina)
知りたい・伝えたい、が原動力の「つたえるリケジョ」
かつての専攻はバイオテクノロジー、研究パートナーは大腸菌。
農薬&種苗メーカー、科学館勤務を経て、ライター・編集者に。