とても身近なお肌のトラブル、ニキビ。

こまめに洗顔したり、食べ物に気を使ったり、睡眠をたっぷりとったり、何とかニキビができないように心がけるも、なかなか消えないしつこいニキビに悩まされた人も少なくないのでは?

ニキビが悪化する原因の一つにストレスがあると、よく言われますが、科学的なエビデンスが示されたのは意外にも最近のことなんです。 日本で唯一ニキビの基礎研究を行い、ニキビとストレスの関係を科学的に証明した東京薬科大学の佐藤隆教授にお話を伺いました!

ニキビは皮膚疾患

──今日はニキビのご研究について、いろいろ教えてください!

佐藤教授:ニキビは青春のシンボルといわれ、だいたいの人が思春期に一度は経験しているでしょう。医学的には、尋常性ざ瘡といいます。思春期は性ホルモンによって皮脂腺が発達します。増えた皮脂で毛穴が詰まり、常在菌であるアクネ菌が増えます。この段階をコメドや面疱(めんぽう)、または白ニキビや黒ニキビといいます。そしてアクネ菌に対して免疫反応が起こり、炎症を起こして赤く腫れ上がるのが疾患となってしまったニキビです。一般的に赤ニキビや黄ニキビとよばれる状態ですね。

あまりに身近なせいか、日本でニキビが皮膚疾患だという認識がひろまってきたのはとても遅くて、2000年以降のことです。それまでは研究もほとんどされておらず治療も遅れていました。薬が開発されたのも海外が先です。

──そういえば、自分も「大人になれば自然に治るから」と言われ病院に行かないまま、いつの間にか治っていました。

佐藤教授:日本のニキビ患者は軽症から中等症が中心で、重症例が少ないということもあります。しかし中等症といってもかなりひどくなる症例も多く、放っておくとQOLの低下が深刻です。皮膚疾患として治療の対象である、ということをまずはしっかりと強調しておきたいですね。

また、大人になってからできるニキビは、思春期の時のものとは本質的には違っていて、乾燥も関係するなど複合的です。生活が不規則だったりするときにできる吹き出物と混同されがちですが、まったく別ものなので、そこもきちんと分けて考える必要があります。

画像提供:佐藤隆教授

──先生はニキビとストレスの関係を科学的に証明されたと伺いました。

佐藤教授:ニキビができて悪化するのは、学業や仕事、人間関係など、ストレスが原因だとよく言われています。例えば試験が近づくとストレスでニキビができる、なんてことがあります。そういうとき、大部分の人は原因をストレスのせいだと考えるでしょう。ところが、ニキビの患者はストレスを感じているのか、ストレスの何がどうやってニキビを悪化させているのかという科学的なエビデンスはほとんどありませんでした。

──そうだったんですね、意外です。

佐藤教授:みんなが知っている当たり前のニキビですが、まだまだ知らないことがたくさんあり、研究テーマは尽きないです。ニキビを疾患としてとらえ、機構を解き明かすためには、分子レベルでの研究が必要です。私の研究室ではそういうことを行っています。ニキビの基礎研究をやっているのは日本ではここだけだと思います。

皮脂産生細胞のヒト代替モデルを樹立し、ニキビ研究がスタート

──ストレスがニキビの原因だと、どうやってわかったのですか?

佐藤教授:臨床医との共同研究において、ニキビ外来に来られた患者さんの主に軽症から中等症の方で、10代後半から30代までの方のニキビ病巣部の毛包(毛根を包む組織)内の分泌物を調査したところ、すべての患者さんにストレスホルモンであるアドレナリンとノルアドレナリンの代謝産物であるメタネフリンとノルメタネフリンが存在することを確認できました。また、ストレスを感じたときに上昇する唾液アミラーゼが高いこと、患者の不安状態の測定から、調査した全てのニキビ患者さんが、重症度に関わらずストレスを感じ、不安感を抱いていたということです。しかも不安感の高い患者さんほど病巣部にノルメタネフリンが多く存在し、それによって皮脂産生や表皮の角化が増強することを発見しました。

──ノルメタフリンが多いと肌を固くし、皮脂の過剰分泌を促すのですね。

佐藤教授:さらに、ストレスが大きいほどノルメタフリンが多くなることもわかりました。ストレスを感じると脳の視床下部から交感神経を通って副腎髄質からストレスホルモンが分泌されます。不安感の高い患者さんほどこのストレスの応答(SAM軸)が活性化しているのですが、SAM軸の活性化と病巣部毛包内のノルメタフリン増加には正の相関関係がありました。

──まさにストレスはお肌の大敵、というわけですね。

画像提供:佐藤隆教授

体の中にあるものは毛包に出てくる。抗がん剤の副作用も毛包をターゲットに

──ところで、ストレスホルモンが皮膚に与える影響はどうやって調べたのですか?

佐藤教授:培養細胞を使いました。我々の研究室では、皮脂を作る細胞(脂腺細胞)の単離・培養に成功しています。その細胞を使っていろいろなストレスホルモンを試しました。その結果、ノルアドレナリンとかアドレナリンが、皮脂を増やしそうだということがわかってきました。

──実験用の皮脂腺を作って、いろいろなホルモンの作用を見るんですね!

佐藤教授:実は皮脂腺の代替モデルである脂腺細胞を培養できるのは、日本ではうちの研究室だけです。研究を始めた当時は皮脂の産生・蓄積・分泌の機構を分子レベルで解明したくても、細胞がなく、それで脂腺細胞作りから始めました。ハムスターの皮脂腺が一番人間のに似て適していました。男性ホルモン依存的なところも似ていましたね。培養細胞ができてやっと、ニキビがどうしてできるのか、分子レベルで解明する研究が進んでいったんです。

画像提供:佐藤隆教授

──ノルアドレナリンとかアドレナリンが、皮脂を増やしそうだとわかってから、どのように研究は進んだのでしょうか。

佐藤教授:ノルアドレナリンとかアドレナリンは副腎髄質や交感神経に存在する生体アミン、カテコールアミンの一種で、ストレスを感じたときなどに放出され血流に入ります。つまりストレスは全身症状なのですね。しかし、ニキビは皮脂腺の多い場所、TゾーンやUゾーン、背中、胸部といったところにできる局所現象です。ということは、ストレス物質は毛包にも入っている可能性が高いと、考えました。

──それでニキビ患者さんの毛包を詳しく調べたのですね。 

佐藤教授:抗がん剤の副作用の一つに、ざ瘡様皮疹というニキビのような丘疹ができることがあります。抗がん剤は経口薬なのになぜ皮膚に影響が出るのだろうと、調べたことがありました。すると体の中の薬が毛包に出てきていて、それが皮脂を作る原因になっていました。その知見があったので、ストレス物質も毛包にでてきているのだろうと仮説を立てたのです。

──仮説が見事に当たったということですね!

佐藤教授:今回初めて、ノルアドレナリンやアドレナリンの代謝産物であるノルメタネフリンとメタネフリンが毛包内にあることが確認されました。そして不安度が高い人ほどノルメタネフリンの量が多いという、ストレスとニキビの相関関係があることもわかりました。ストレスが高い人ほどストレスホルモンの値が高く、ニキビ患者さんにとっては、ストレスこそがニキビの病態の一要因になるということを、科学的に証明できたというわけです。

──分子レベルの基礎研究を続けたからこそ、たどり着いた成果ですね!

得られたエビデンスが患者さんの役に立つことが何よりもやりがい

──今回の研究結果は、ニキビ治療にどのように生かせそうでしょうか。

佐藤教授:ニキビの原因は複合的なのですが、その患者さんのメタネフリンやノルメタネフリンの数値を調べることで、これはストレス性ニキビですよ、という診断法の確立や、ストレスマーカーとして活用できると思います。ストレス過多だとわかれば「既存のニキビ治療薬に加えて、生活習慣を改善しましょう」といった診断や治療方針も立てやすくなるでしょう。そして肌がきれいになれば、治療法が正しかったかどうか、評価にも使えます。

──毛包内を調べることで、ニキビに限らずほかの疾患にも役立ちそうですね。

佐藤教授:ニキビだけでなく、抗がん剤による皮膚障害の評価にも使える可能性があります。また、効き目が強くよく使われている分子標的薬もニキビ様の副作用が出やすいのですが、それについてのソリューションも研究していきたいと思っています。

──薬学部ならではの視点ですね。

佐藤教授:薬学部で皮膚疾患を専門に研究している方は、少ないかも知れませんが、皮膚は見える臓器なので、状態が悪いとすぐに気づいて、どうにかしたいと思うんです。肌に現れる薬の副作用は患者さんにとって深刻なものですし、薬の効き方も肌を分子レベルで研究してわかることが多いですね。皮膚という臓器は老化に関係するコラーゲンやヒアルロン酸といった細胞外マトリックスが豊富に存在しているし、アレルギーなどと密接に関わる免疫系も備わっていて、さまざまな病態の機構にアプローチできるんです。

──薬を使ってみて、効く、効かないと治療を進めていくよりも、ずっと早く治療が進みますね。

佐藤教授:対処療法でなく、根本的な治療に役立つ成果を残していきたいですね。基礎研究で得たエビデンスを、どう患者さんに届けようか、と考えるのがやりがいで、研究の原動力になっています。そういう意味では、医薬品に必ずしもこだわっているわけではありません。 健康な皮膚、という観点では、化粧品にもエビデンスを活かすことができます。研究によって、根本的に新しいコンセプトの医薬品や化粧品をこれからもどんどん作っていけると思うと、毎日がとても楽しいです。

ニキビ治療の研究の過程で見つけた「皮脂を増やす成分」を逆手に取って完成した、高齢者向け乾燥肌向け化粧品。目の前に出てくるデータを、素直に観ることで新たな発明や発見につながる。

薬学生へのメッセージ:何のために研究をするのか?を常に問い続けて

──普段、学生さんへは、どういうことを伝えていらっしゃいますか?

佐藤教授:選ばれし薬剤師になってほしいということを言っています。うちの学生は薬剤師志望が大半ですが、薬の知識だけでなく、皮膚科診療や外用剤の正しい使い方に精通することで、ちょっとした肌悩みにも適切にアドバイスできる、患者さんに喜ばれる薬剤師になってほしいです。それで、日本コスメティック協会とのコラボレーションにより、私の研究室の学生はコスメマイスターやスキンケアマイスターといった資格を取得します。また、皮膚科医や薬剤師との共同研究としての病院・薬局実習から、診療を見学し、患者さんの処方箋に対応するだけではなく、スキンケアアドバイスも行います。資格というのは実践しないと身につきません。だから積極的にアウトプットできる環境を提供するよう心がけています。

──研究の道に進みたい学生さんへもメッセージをお願いします。

佐藤教授:これから大学院に行こうと考えている人で、研究分野に悩まれる方もいるでしょう。ニキビのように身近な疾患であっても、わからないことがたくさんあります。自分の身近にあるもの、そして自分のアイディアも活かせるもの、そんな研究分野を見つけ、取り組んでいくことも面白いですよ。そして、得られたエビデンスを社会にどう還元していくか、何のために研究するのか、についてもぜひ意識してみてほしいと思います。

画像提供:佐藤隆教授

東京薬科大学 薬学部 教授
佐藤 隆(さとう たかし)

東京薬科大学薬学部薬学科卒。博士(薬学)。皮膚バリアにおける皮脂腺の分子機能解明と、その異常性のざ瘡や乾皮症の病態機能解明、光老化の分子機能解明などを研究課題とする。ニキビやシワ、たるみはなぜできるのか、ストレスの肌への影響など、皮膚という臓器におけるトラブルの解決に、科学的なアプローチで挑んでいる。

<論文情報>

雑誌名:Journal of Dermatology
論文名:An increase in normetanephrine in hair follicles of acne lesions through the sympatho-adrenal medullary system in acne patients with anxiety
著者:Mizuno K, Sakaue H, Kohsaka K, Takeda H, Hayashi N, and Sato T.
掲載日:2021年5月7日 Online ahead of print, Doi: 10.1111/1346-8138.15935.

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

リケラボは理系の知識や技術をもって働くみなさんのキャリアを応援するWEBメディアです。
研究職をはじめとする理系人の生き方・働き方のヒントとなる情報を発信しています。
理想的な働き方を考えるためのエッセンスがいっぱいつまったリケラボで、人・仕事・生き方を一緒に考え、自分の理想の働き方を実現しませんか?
https://www.rikelab.jp/