(画像提供:畝田道雄教授)

武器として誕生した日本刀。戦国の時代から時を経て、現在では美術工芸品として世界中の人々を魅了しています。

でもなぜ、日本刀は美しいのか。美しい日本刀とそうでない日本刀、違いはどこにあるのか。言葉で表現することは難しいように思える日本刀の「美」。これを精密工学の知見とAI技術によって、科学的に可視化する試みが進んでいます。

研究の一環で制作された新作日本刀(※)は、AI技術を活用した設計を元に刀匠(とうしょう:日本刀を作る職人)が打ったもので、展覧会にも出展され話題になりました。

日本刀の「美」を解明するために、どんな分析をしたのか。AIと匠の技の融合から生まれた日本刀はどう評価されたのか。金沢工業大学工学部機械工学科精密工学研究室の畝田道雄教授にお話を聞きました。

※新作日本刀…現代刀作家が手がけ、新しく作刀された日本刀のこと。公益財団法人日本刀文化振興協会によって、新作日本刀証明証が発行されている。

一筋縄ではいかない日本刀の美しさ

——AIで日本刀を設計されたと聞いて興味津々です。どうして日本刀の研究をすることにしたのでしょうか?

10年以上前の話ですが、ある方の紹介で日本刀の展覧会に行く機会がありました。知識もなく、一人で見てもわからないので、説明してくれる方を紹介してほしいとお願いしたところ全日本刀匠会の会長が直々に説明くださることになりまして。

——会長直々に!

刀を見ながらいろいろとご説明いただきました。大変熱心にご説明いただいたのですが、申し訳ないことに素人の自分にはほとんどわからなくて。この経験が日本刀の研究をはじめるきっかけになりました。

——日本刀の良さとは何かを知りたいと思われたのでしょうか?

日本刀の何が評価されて力強いと言われるのか。または美しいと称されるのか。科学的に評価できれば、日本刀への理解を深めることができるのではないか。科学的に説明できれば、ほかの皆さんにも共有できますし、そうすれば多くの人が日本刀の世界を楽しめるようになると考えました。

私は昔から「温故知新」という言葉が好きです。大学で教えているのは機械工学ですが、日本の歴史や伝統文化も大事にしています。日本刀は、学生に「温故知新への誘いとその大切さ」を知ってもらうにも適した題材だと思いました。

——実際のところ、日本刀の良し悪しはどうやって見分けるのでしょうか?

毎年、日本刀の展覧会が開催され、審査員によって優劣評価がつけられます。その評価の根拠となる講評文があるのですが、独特な表現がなされており一般の人が見てもすぐには理解できない難解さがあります。姿(形状)、刃文(はもん…刀身に現れる白い波のような模様)、地鉄(じがね…鉄の模様)、いろんな要素の組み合わせなので、数学のように問いと答えが1対1にならないところが面白さでもあり、日本刀の魅力を難解にしている点でもあります。

——先生がAIを活用して設計した刀が、展覧会で入賞されたとのことですが。

これまで二振り作刀して、二振り目がAIを活用したものになります。2021年に出展して、展覧会では金賞相当をいただきました。

(画像提供:畝田道雄教授)

——金賞ですか!

上位から、経済産業大臣賞、日本刀文化振興協会会長賞、長野県知事賞と続きます。その後、金賞第一席、第二席、第三席となっていますから、実質三等賞くらいですね。ちなみに一振り目は2018年につくったのですが、そのときはもっと後ろの入賞相当でした。

——金賞ではなく、金賞相当というのは?

刀匠一人につき一つの作品しか出せないルールがあります。我々は日本刀の設計はしましたが、実際につくるのは刀匠や刀剣研師にご協力いただいています。刀匠はご自身の作品も出品されますから、正規の作品とは別枠(特別出品)という位置付けで、金賞相当となっています。

美しさだけを求めては、美しい日本刀にたどり着けない

——それにしても金賞相当とは、AIのチカラはすごいですね!

いきなり成果を得たというわけではなく、一歩ずつ進んできた結果ですね。

——最初からAIを活用したわけではないということでしたが、日本刀の美しさを明らかにするために、何をされてきたのでしょうか?

まずどのような形が美しいとされるのかを知るために、日本刀を測定する方法をつくることから始めました。私の専門は、精密工学です。普段から、”ものづくり”にとって必要不可欠な技術である「精密加工」や「精密計測」に取り組んでいます。

日本刀は光沢があるので、3次元形状を上手に測定するのが難しい。鏡をカメラで撮ろうとすると鏡にカメラが写ってしまうんですよ。そういった難しいものも計測できるようにしようという試みでした。完璧ではありませんが、なんとか日本刀を正確に測る技術をつくり、そこから日本刀の美しさを分析していきました。その成果は2015年に「ステレオ方式デジタル画像相関法による日本刀の3次元アーカイブの試み」という論文として日本実験力学会誌に発表しています。

(画像提供:畝田道雄教授)

——先生がもとからされていた精密計測の研究が、刀という難しい物体の測定を可能にしたということなんですね。ところで、美しさの基準は、人によって違うと思いますが、そこはどう設定されたのですか。

日本刀を測る技術をつくったあと、「感性評価による日本刀の美しさに関する研究」という論文を精密工学会誌に発表しました。日本刀の審査員、刀匠さんたちの主観、感性を可視化する研究です。それぞれが何を大切にしながら日本刀をつくっているのか、日本刀、なかでも現代刀の美しさとは何かというディスカッションを、刀匠さんたちとさせていただきました。

——精密工学と感性のふたつの側面から日本刀の美しさを明らかにしようとされたんですね。刀匠さんたちとのディスカッションのなかで、どのような気づきや発見があったのでしょう?

私の考察ではありますが、若手から中堅、熟練となるにしたがって、感性の項目が変化していくなど、多少見えてきたことがあります。一番の気づきだったのは、刀匠さんは美しい日本刀をつくろうとしているのだと思っていましたが、それは違ったということです。

——美しさを目的とはしていなかった?

はい、もともと刀は美術品ではなく武器です。直刀だったものが、馬に乗って片手で戦うスタイルに変わり、操作性や衝撃耐性の観点から湾刀に変化していったと考えられます。このように力学的考察も加味すると、刀匠たちは美しい日本刀をつくることが目的ではなく、時代に合った刀を創ってきたと理解できてきました。美しい刀になるのは結果論としてなんですね。美しさだけを追い求めることとは違う、と大きな気づきになりました。

——美しさだけを追求することとは違う。なかなか哲学的ですね。

哲学的なのが面白いですよね。日本刀に対する知識がない方からすると難解になっている理由の一つかもしれません。私も知識がない方に入りますから、難解を解読する試みを進めている、ということですね。

——見る人に知識があるかないかで、作品に対する評価が全く変わってしまうんですね。

学生に対してある実験を行ったんです。一等賞を受賞した日本刀と、成績が良くなかった日本刀、合計5振りの写真を見せて「どれがいいと思いますか?」とアンケートを取りました。もちろん、どれが一等賞の日本刀なのかは知らせていません。結果どうなったのか。一等賞の日本刀は人気がなく、実際の順位とは異なるものが支持されたんです。ここからも、玄人が見るポイントと素人が見るポイント全然違うことがわかります。

——なぜ、ずれが起こったのでしょうか?

日本刀の刃文(はもん)を分析してみました。日本刀は、形はどれもそれほど大きく変わらないので、このときは、刃文が一つの評価ポイントではないかと思ったんです。日本刀の画像から、明るさと暗さの分布を画像処理で解析して、刃文の周波数分布や細かさ・粗さを解析した結果、我々一般人にとって人気になりそうな分布を持った刃文がある、というのがわかりました。そこに素人と玄人の差が現れたのかもしれません。

——この段階で一振り目をつくられたのですよね。

そうです。受賞した日本刀を測定し、そこから加重平均法といって、それぞれの優劣評価を受けた日本刀を重みづけしていきました。評価の高いほうが重くなります。そこから全体平均を取り、つくったのが最初の日本刀です。先ほどお話しした通り、展覧会での順位は辛うじて入賞と満足いく出来栄えではありませんでした。

AIと匠の技の融合

——日本刀の研究にAIを使い始めたのは、いつごろですか?

2018年ごろですね。私が一番研究に力を入れているのは「研磨加工」で、なかでも半導体シリコンウエーハなどの超精密加工の分野で、ニューラルネットワークを用いたAIによる知能研磨システムを開発していたんです。簡単にいうと、AIによって研磨加工の良し悪しを分析する技術です。ものづくりにとって必要不可欠な研磨プロセスを「見える化」し、それをAIに学習させることで研磨装置を劇的に進化させていこうという研究です。その技術を使って刀を分析してみることにしました。過去11年に渡る日本刀の展覧会のデータを学習させました。

——どんな発見がありましたか?

刀の切っ先が大きいもの、もしくは迫力があるものがどうやら受賞しやすいという結論に行き着きました。学会で学生が「新作日本刀の姿に着目した特徴分析並びに3次元設計法の提案と実証」として発表もしています。

——そのAIによる分析をもとに、二振り目の刀を設計したんですね。

一振り目と二振り目、両方ともおなじ刀匠さんにお願いしたのですが、AIを使って設計した二振り目の図面を出したときは、とてもびっくりされていました。断面形状も測定し、設計図を作りましたが、さすがに断面形状まで設計図どおりにつくれる自信はないと苦笑いされました。

——実際、出来映えはどのようなものだったのでしょうか?

見事でした。図面の上に実際につくってもらった日本刀を重ねた写真を送ってくれたのですが、まさにピッタリでした。刀匠さんは普段は設計図なんて使わないのに、、、職人技って、本当にスゴイです。

上が二振り目、下が一振り目(画像提供:畝田道雄教授)

——まさにAIと匠の技の融合ですね!

作刀してくださった方は、30歳半ばくらいの刀匠さんです。人との出会いは本当にありがたいものです。刀匠さんは、自分の腕一つで勝負されています。我々と住んでいる世界も覚悟も違います。ですので、研究のためといえども、軽い気持ちで土足で乗り込んでいくようなことは絶対に慎しまなければなりません。刀匠さんだけでなく刀剣研師さんなどほかの職人さんに対しても同様です。我々の研究がこの先も進み、どんなにいい刀を創れるようになったとしても、一等賞の席はやはり職人さんだと思います。

——刀剣研師さんとは、刀を研ぐ人ですか?

そうです。先ほど、刀匠さんに何を考えながら作刀しているのかのディスカッションをした話をしましたが、刀剣研師の方にも感性評価をしました。展覧会で高い評価がつく光沢を事前分析してみて、第二次作刀のときには、その光沢を出せる刀剣研師さんにお願いしたんです。

——研師は、ただ刀を研いでいるだけではないのですね。

研師の一部の方は、研ぐことをお化粧と表現されることもあります。日本刀を上手に研いで、刀匠さんが生み出した刀の刃文(はもん…刀身に現れる白い波のような模様)などをいかに美しく見せるかが仕事だと言うんですね。

——日本刀をお化粧するとは、粋な表現ですね。

日本刀が目の前にあったとして、そのまま刃文を見たら、それは刃文じゃないよと教えられました。見えているのは、研師がつくった刃文のうえにあるお化粧だと言うのです。では、どうすれば刃文が見えるのか。ライフルを構えるように刀を目線と平行にして、斜めに光を入れることで、お化粧の下に隠れている本物の刃文が見えてきます。お化粧度合いと、本物の刃文の度合いが、色合い的にどう分布していたら美しいとされるのか、それが刀を見る目のある人の視点なんだと思うので、今まさに学生と一緒に研究しているところです。

——どのような刃文の形が評価されやすいかわかっていることはありますか?

一概には言えませんが、一定のように見えて不規則な波を持つ刃文の評価が高い傾向にあるようです。我々がよく相談している刀匠さんが相州伝という流派なのですが、相州伝がそういった刃文をつくっていますね。この分野の研究は、まだまだこれからで、今後の成果にワクワクしながら学生とディスカッションしています。

——相州伝の刀は刃文に特徴があるから評価されやすいということでしょうか?

ニューラルネットワークは日本刀の形状で分析しているため、どちらかというと相州伝の人は形状を重視されているということになると考えています。相州伝ではない他の方で、特徴的な刃文をつくられる人がいますが、その方は刃文の出来栄えで評価されている可能性が高い、ということもわかってきています。いろんな要素で日本刀の美しさが成り立っています。

美の解明は終わらないし、終わらせなくていい

——研究を始められて10年以上経ちます。日本刀の美しさの基準ができてきたという実感はありますか?

まだまだです。多少の言語化はできると思いますが、言語化するとそこで終わってしまう気がして、できなくてもいいかなと思っているところもあります。そもそも研究というものは、楽しみながらやればやるほど新しい発見があり、いくらでも広がりが出てくる。終わりはないですね。だから私はほぼ研究が終わったとか、これで大成功なんだということは、ずっと言わないかもしれないです。

AIも一つのツールですし、今後も新しいツールが登場するでしょう。そういったものを使いこなして、新たな分析をするのが楽しみの一つです。

(画像提供:畝田道雄教授)

——今後はどのような研究をされるご予定ですか?

国宝や重要文化財などの日本刀が何をもってそういう評価を得ているのかを明らかにしたいと考えています。博物館にある作品の魅力を、工学と感性のコラボレーションで解明してみたいですし、そこにVR技術を応用した新しいシステムを作ってみたいです。

——確かに、国宝級の作品とそうでない作品の違いは何なのか、すごく興味があります。

完全にはわからないかもしれませんが、トライする価値はありますよね。それがわかれば、素晴らしい伝統技術を次の世代へ伝えていくことにも役立ちます。

刀を作って展覧会に出品しているのも、あくまで我々が編み出した評価法・設計法の妥当性を確認するため。最終的に目指しているのは、匠の技を可視化して、日本の国家的文化遺産を後世に引き継いでいくことです。

独創性のある「もの/コトづくり」を

——最後に読者へメッセージをお願いします。

新型コロナウィルスの影響で、世の中がガラリと変わったように、今は変化の激しい時代です。そんな時代に大切したいと思っているのが、多様性と柔軟性です。

身の回りにあるものは様々な技術の融合体です。「私の専門は○○だから」といって一つの専門だけわかっていればよいというスタンスでは仕事ができませんし、新しいものはつくれません。なので私の研究室では、分野を絞らず、新しいコミュニティあるいは新しい発見の場をつくっていきたいと考えています。

また、ものづくりはチームで行います。それぞれの持ち場のプロとして、責任を持ちながらも対等(フラット)な関係の中からよいものが生まれます。私自身も、学生とは研究仲間という観点で、上下関係なくフラットでありたいと心がけています。

あとはポジティブシンキングですね。何事も楽しく取り組むことが社会人として活躍するためにはとても大切なことです。

マルチプル(複数の、多数の)、フラット(対等)、ポジティブシンキング(前向き)。この3つがあれば、どこででもやっていけます。みなさんの健闘と活躍を祈ります。


〈編集部より〉
工学の先生がなぜ日本刀を研究しているのだろう? 伝統技術を先端技術で解明すること自体に純粋にワクワクするな、と単純な動機でお願いした取材でしたが、畝田先生の刀匠さんたちへの深い敬意と、科学によって素晴らしい伝統文化を残すことに貢献したいという想いに触れ、ものづくりや研究に対するスタンスを自分も、もっともっと深めていかなければならない、深めたいと思いました。工学、統計・計算科学、感性…複数の知見を融合させ対象に迫っていく研究事例としても、とても学びが多かったです。

畝田先生、貴重なお話をありがとうございました。

畝田 道雄(うねだ みちお)
金沢工業大学教授(工学部 機械工学科)

1995年に金沢工業大学工学部機械工学科を卒業。2000年に同大学大学院博士後期課程 機械工学専攻を修了。博士(工学)。防衛庁技術研究本部 防衛庁技官を経て、2002年に金沢工業大学に助手として着任、工学部 機械工学科 講師、助教授(准教授)、2011年には九州大学客員准教授の兼任を経て、2013年から教授。専門は精密工学で、現在は超精密加工、AI応用科学、匠の技の科学に取り組んでいる。
畝田道雄研究室(金沢工業大学 研究室ガイド)
https://kitnet.jp/laboratories/labo0012/index.html
研究室独自運営サイト
http://www2.kanazawa-it.ac.jp/ishiune/

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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