夜のとばりに光るホタル。夏の夜の散歩道やキャンプ場などで、ホタルが光を発しているのを見つけて、嬉しくなったり、そばでじっと観察したりした経験はありませんか? 光る生き物は、なぜか私たちの心を惹きつけます。

その光に魅せられて日本で唯一、発光生物の基礎研究を専門に行うのが、大場裕一先生率いる中部大学応用生物科学科のラボ。発光生物の生態や光るメカニズムを解き明かしてきました。

さらに驚くことに、大場先生は、過去の進化の歴史をさかのぼり、1億年前のホタルの祖先が発する光を蘇らせることにも成功したそうです!

太古のホタルの光を一体どうやって再現したのでしょうか?その方法を伺いつつ、発光生物研究の魅力に触れてきました!

生物が光ったら面白い! 研究者として大事にする純粋な感情

——光る生き物というと、ホタルや深海魚が思いつきますが、発光生物なら何でも研究していらっしゃるのですか?

そうです。昆虫のほかに発光キノコや発光ミミズ、発光魚…等々、高等植物と四足の哺乳類を除くすべてで光る生物は見つかっています。例えば、意外と知られていませんが、桜えびも光るんですよ。

——桜えび!? 身近なのに初耳です。

桜えびの腹には発光器が並んでいるので、多分光るだろうと言われていました。でも漁師さんでも見た人はいなかったようです。調べてみると外部刺激ではなく、ホルモンが関係して光るので、漁のときに見られるというものでもなかったんです。

また、ホタルミミズという発光するミミズも実はどこにでもいるのですが、今までほどんど知られていませんでした。それには、誰も注目していなかったという理由があります。僕はこれまで、そういった知られざる発光生物の発光メカニズムや生態を探ってきました。

発光するサクラエビ(上)とホタルミミズ(下)。画像提供:大場先生

 ——ミミズにも光るものがいるんですね。誰も注目していなかったとは意外です。

発光生物の研究は1970〜80年代に盛んで、その後下火になってしまいました。理由として、まず発光生物の採取が大変なんです。また、生物発光研究の先駆者である下村脩先生が、発光オワンクラゲが持つ緑色蛍光タンパク質(GFP)を発見し、2008年にノーベル化学賞を受賞されました。GFPは生きたままの細胞内のたんぱく質を観察することに役立ち、生命科学分野の研究に欠かせないツールとなっています。そのため発光生物の研究は一気に実用的な方向に行き、純粋に発光生物の生態を調べる基礎研究への関心は薄れてしまいました。ただ、最近アメリカで面白い論文が出てきたりして、少し盛り上がってきています。

——そんな中で大場先生が発光生物の基礎研究を続けておられる理由は?

面白いからです。それに尽きます。

——とてもシンプルですね!

生き物の面白さですよね。どう光るか、なぜ光るか、光の役割は何なのか。分かってないことは多いのです。発光キノコの光る仕組みはだいたいわかったのですが、光る役割はまだわかっていませんし、チョウチンアンコウは、エサであるプランクトンを呼び寄せるために光を発していると言われていますが、見た人はいないんです。それに、生物の研究だけど、光を発するのは化学物質だということにも、面白さを感じます。

上から順に、ホタルジャコ、ミツマタヤリウオ、ヤコウタケ 画像提供:大場先生

恐竜時代のホタルは何色に光っていたのか、長年の興味を現実に

——1億年前、恐竜がいた時代のホタルの光を再現されたという発表はロマンを感じました。そもそもホタルはどうして光るのでしょうか?

ホタルの成虫は、光るものと光らないものに分かれますが、サナギや幼虫の段階ではみんな光ります。なぜ光るかと言うと、定説があって、捕食者への警告のためだと考えられています。ホタルは毒を持っているのですが、昆虫や爬虫類でも毒がありそうなものはまさに“毒々しい色”をしていますよね。ホタルも自分を食べると不味いということを、光を発してアピールしているのでしょう。色は深夜でもよく見える緑色です。

成虫になると、光の役割が変わります。おもに雌雄のコミュニケーションに使われています。成虫では光らない種類もいます。このことから、ホタルの発光は、もともとサナギから幼虫期からサナギの身を守るための役割が初めにあって、進化の過程で二次的に光をコミュニケーションにも使う種が現れたと考えられてきました。

——どういう仕組みで光っているのでしょうか。

ホタルをはじめとして発光生物が光るのは、「ルシフェラーゼ」という酵素と「ルシフェリン」という化学物質の反応によるものです。ホタルの場合はホタルルシフェラーゼ、ホタルルシフェリンと呼ばれます。ホタルの光は、オレンジ、黄緑、緑といくつかありますが、色はルシフェラーゼのアミノ酸配列の違いで決まります。

——どうして1億年前のホタルの光を再現しようと思ったのですか?

ホタルルシフェラーゼは生命工学や基礎医学の分野で幅広く活用できるため、世界中で研究され、たくさんの種の遺伝子情報が蓄積されていました。これを元に、ある研究手法を使えば、大昔のホタルルシフェラーゼのアミノ酸配列を再現できる、つまりホタルの祖先の光を再現できるのでは! と思いついたのです。もう10年以上前のことになります。

——進化をさかのぼって1億年前の遺伝子配列を再現……そんなことが可能なのですね……!

「祖先配列復元」とよばれる手法です。現在の生物が持っている遺伝子配列情報に基づいて過去の遺伝子配列を推定する方法で、遺伝子のアミノ酸配列から変異を計算し、祖先をさかのぼるテクニックです。進化生物学では以前から使われている方法で、例えば古代のヘモグロビンタンパク質を復元するとか、復元した酵素との結合の強さを調べるとか、そういったことが可能です。

現生のさまざまなホタルの仲間を集め、遺伝子からルシフェラーゼの設計図(アミノ酸配列)を集めて、設計図の変異がどのように起こってきたのかを計算(アミノ酸進化アルゴリズム)していくと、理論的にはホタルの祖先…1億年前の原始ホタルのルシフェラーゼの設計図を推定することができるのです。

提供:大場先生

——遺伝子情報として配列がわかったとして、それをどうやって実際に復元するのですか?

やはり実際に目で見てみたいですよね。数字を出すだけで終わってしまっては面白くないです。都合が良いことに、ホタルルシフェラーゼ遺伝子は大腸菌で発現させるだけで簡単に正しい酵素タンパク質を作製できます。つまり、大腸菌に発現させたタンパク質にホタルルシフェリンを加えれば、それがそのままそのホタルの発光色になるのです。

——なるほど、すごく見てみたくなります! どんな色だったのですか?

シミュレーションと同様の深い緑色でした。実際に試験管の中で緑に光ったときは感動しましたね。ルシフェラーゼを人工的に操作するとタンパク質構造が崩れ、赤色に寄って行く傾向があります。だから計算通りの色で光ったのは大成功でした。世界で初めて、失われた過去のワンシーンの一部を現実に蘇らせたのです。

左の黄色い光がゲンジボタルの光を試験管の中で再現したもの、右が1億年前のホタルの光を再現したもの。画像提供:大場先生

——ものすごい大きな成果ですね! 

成果はそれだけではありません。『ホタルが捕食者への警告のために獲得した発光が、のちに雌雄コミュニケーションの手段として多様化していった』というこれまで考えられてきた進化の道筋を裏付ける結果になりました。進化の分岐となる7ヶ所の年代でもどんな光を放っていたか調べたのですが、最初のホタルは緑色に光り、その後進化の課程で少しずつ発光色が異なるホタルが現れてきたというシナリオが見えました。でもやはり、祖先配列復元という方法を使って過去に存在していたものが蘇り、それを我々も目で見ることができたというのが何よりの成果だし、最高にエキサイティングです。

——今後この研究はどのように発展していきそうでしょうか

ちょっとチャレンジングではありますが、1億年前のルシフェラーゼからアミノ酸をランダムに変異させて、実際には起こらなかった進化の過程をシミュレーションしてみたいと考えています。アミノ酸のどんな変異がどんな発光色を生むのかが明らかになることで、ルシフェラーゼの本質にせまれるのではないかと思っています。他の発光生物のルシフェラーゼでも、同様の研究ができそうです。

素直な目で生き物を観る

——蛍の光再現にあたって、苦労なさった点はありますか?

サンプルを集めるのは、ホタルに限らず生き物の研究において避けて通れませんが大変です。正確な祖先推定のためにはホタルの遺伝子情報は多い方がいい。ホタルルシフェラーゼはたくさん研究されていましたが、種に偏りがありました。そのため、改めて珍しいホタルも探しに行きました。幸い、日本にはホタルが50種類ほどいるので助かりましたが、サナギの遺伝子が必要なので、飼育して卵を産ませて幼虫がさなぎになるのを待って…と大変な手間がかかりました。

また、途中でホタルがルシフェラーゼ遺伝子を2つ持つことが判明し、それを調べるのにも時間を費やしました。

 
——いろいろ研究されていたとされるホタルでも、改めて研究してみると知られていなかったことが出てくるのですね。

生き物を捕まえて観察してみると思いがけない発見があります。思ってもみない行動、思ってもみない光りかたをするのです。ですので、僕は、計画はあまり立てません(笑) まずは試してみよう、やってみよう、ということを心がけています。偏見を持たずに素直な気持ちで研究していると、新しい発見につながっていきます。

 

古い文献や伝説の類も、発光生物研究の大事なヒント

——お話を伺ってみて、生き物の研究なのに、化学や計算を結構使うんだなと思いました。

生き物の発光現象は生物学であり、分子生物学であり有機化学でもあります。発光する物質は化学物質です。僕はもともと有機化学出身でしたが発光生物に出会って、後から生物学を勉強しました。研究に必要なことなら何でもやってみて、みえてきたことがたくさんあります。

それから、どういうふうにしたら科学的な証明になるのかという点でも、いろんな分野に目を向けていないと解けないことが多いです。「祖先配列復元」も、計算はとても複雑で、情報生物学(バイオインフォマティクス)の専門家である長浜バイオ大学の白井剛先生の力を借りています。発光生物はバクテリアから魚まで広範囲なので、広い視点はとても大事です。

画像左が大場先生、画像右が長浜バイオ大学の白井先生。画像提供:大場先生&白井先生

——いまだ知られていない発光生物もまだまだいそうですね。

身近だけどまだ気づかれていない発光生物を発見して、確かめたいですね。僕は1900年代の古い文献をよく読みますが、見過ごされていた宝物が埋まっていることがあります。昔の人は今より暗い世界に生きていたので、光るものを見つけやすかったのでしょう。ホタルミミズも古い文献に記述がありました。その他にも昔話や伝説なんかにも注目しています。妖怪だとか、火の玉だと思われていたものも、実は発光生物学で解明できるものがあるかもしれません。釣瓶火(つるべび)という木の下で光る妖怪も、ユスリカの群れかなにかが発光しているんじゃないかと想像して楽しんでいます。ハエ目ユスリカ科に属するユスリカは、蚊にそっくりでありながら吸血をしない特徴を持ついきもので、夏の夕暮れなどにまるで柱のように無数の虫が集まってできる「蚊柱」の正体がこのユスリカです。このように文系的な興味もとても大切です。

——今後はどのような研究をしたいと考えておられますか。

これまでいろんな発光生物を調べて、仕組みについてはだいたいわかってきました。ただ、光の役割は未知のことが多いので気になっています。ホタルについては日本に1種類しかいない、通常とは異なる発光をするイリオモテボタル科の祖先を調べてみたいですね。また、深海魚も生体で光るところを観察するのは難しいのですが、日本近海では水揚げも多いので、何かしらに挑戦したいです。

画像提供:大場先生

何の役に立つのかわからないけど、なんかすごく楽しそうな研究者

——先生は、テレビに出られたり子ども向けの本の執筆をされたり、広める活動も積極的ですね。

僕が思っている以上に人って光るものが好きなんですよね。最初はミミズなんて嫌いという子どもたちも、光るミミズを見せると興味津々になる。光る生物の面白さというのは必ずあって、それはやはり不思議だと心が働くからです。本を書いたりテレビに出たりしているうちに、子供が興味を持ちやすい題材を研究して広めることは、科学の楽しさを伝えることに役立っているんだと実感できるようになりました。そういうことも僕の大事な仕事の一つだと思っています。

 ——マイナーと言っては失礼ですが、日本で他に誰もやっていない分野を研究することに不安はなかったのでしょうか。

発光生物研究の第一人者である下村先生は「誰もやっていなくてもやると決めたらやる」という決意をお持ちの方でした。私に発光生物の魅力を教えてくださった恩師の中村英士先生も「面白いから研究するんだ」と。たとえ流行っていない分野であっても、研究者が自分一人でも、「やっていくぞ」という心構えはこうした先生方の姿勢から学んだものといえます。

実は中村先生は、僕が本格的に発光生物の研究をと思った矢先に急逝してしまわれたんです。先生は化学が専門で僕はその時遺伝子解析を専門にしていたので、タッグを組んでやればうまく行くと思っていたのですが、先生がいらっしゃらなくなり化学をイチからやり直すことになった。中村先生がほんとはどんなことをやりたかったのか深い話も聞けてない。あとを引き継ぐか迷いもありましたが、「面白いを手放したくない」と、研究を続けることを決めました。

夏目漱石の描く科学者は寺田寅彦がモデルらしいのですが、「何の役に立つのかわからないけどなんかすごく楽しそう」な姿が、魅力的な研究者像として僕の中にあります。それに、子どもたちに伝える際も、まず自分が心から面白いと思っていないと伝わらないですよね。

学生へのメッセージ

——大場先生の研究室は日本で唯一の発光生物研究室ということですが、学生さんにはどのようなことを期待していますか? また、最後に大学生をはじめ研究者を目指している人に向けてメッセージをお願いします。

学生は発光生物に興味がある人もいれば、環境生物科学科なので環境問題を解決したいとか、さまざまです。大事にして欲しいのは科学的な手法を身につけることですね。どういう風にしたら科学的な証明といえるのか、全ての科学に共通する方法を習得してほしいです。将来何を目指すかは人それぞれですが、その基本を学んでいればどこででもやっていけます。題材は、自分が楽しい、面白いと思えるものを選ぶのが大切です。就職しやすいとか、食べていける分野だからと言って自分にとってあまり興味の持てないものを勉強しても科学は身につきません。

インパクトファクターだとか、そういったものが気になるのもわかりますが、僕としてはあまり計算せず、知的好奇心に素直に勉強していくのがいいと思います。実験道具も自分で作ってしまうくらいのめり込んで欲しいなと。打ち込むことで得られるものの大きさは計り知れません。それをぜひ学生のうちに経験して欲しいと思います。

中部大学 応用生物学部 教授
大場裕一(おおば・ゆういち)

総合研究大学院大学大学院生命科学研究科・分子生物機構論専攻修了。博士(理学)。大学では有機化学、博士課程では生物を学び、2000年の名古屋大学着任を機に発光生物研究の道に。科学哲学にも興味を持つ。著書に『光る生き物の科学 発光生物学への招待』(日本評論社)、『恐竜はホタルの光を見たか』(岩波科学ライブラリー)等多数。

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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