世界最大の花と言われるショクダイオオコンニャク。数年に一度2日間しか咲かない幻の花といわれ、栽培方法も確立されていない希少な花です。ところが、つくば実験植物園では5回連続で同じ株での開花を成功させました。世界でも稀、日本では初の快挙です。ショクダイオオコンニャクとはどのような植物なのか、連続開花のコツや苦労、植物園のテーマも含めて、研究者の遊川知久さんに話を伺いました。

世界一大きくて、ニオイも世界一!?

──ショクダイオオコンニャクとは、どのような植物なんですか?

遊川 インドネシア、スマトラ島の熱帯雨林に自生しているサトイモ科コンニャク属の植物で、学名はAmorphophallus titanumです。ときには3メートルを超える世界最大級の花であり、数年に1度、2日間しか咲かない花として有名となりました。

──コンニャクということは食べられる?

遊川 食べようと思えば食べられるのですが、少なくとも現地の方は食用としていないようです。第二次世界大戦時に日本軍が加工してコンニャクをつくったという話もありますが、そもそもこの花は開花時に強烈なニオイがしますから、好んで食べようとする人はほとんどいないかと思います。

──そんなに臭いんですか?

遊川 えぇ、世界一臭いと言われることもあるくらいですから。花が開いているのはたった2日間ほどなんですが、開花とともにだんだんニオイがきつくなり、最高潮に達したときは腐敗臭がします。異様な姿と相まって現地では「死体花」と言われ忌み嫌われる存在で、花が咲く前に切られたりしていたそうです。こうしたことも原因したのかもしれませんが、現在では希少な植物のひとつとなりました。観察や栽培した人がほぼいなかったため情報がほとんどなく、本格的な研究が進みだしたのも2000年以降です。

──謎の多い植物なんですね。

遊川 以前は7年に1度くらいしか咲かないというような、都市伝説のような情報がたくさんありました。しかし、当園では約2年に1度に花が咲いています。あまりにもサンプル数が少なかったため正体不明なことが多かったんですが、だんだんと世界中で事例が増えてきて、栽培ノウハウも現在進行中で蓄積しているという状況です。

──筑波実験植物園では、いつからショクダイオオコンニャクを栽培しているのですか?

遊川 2006年からですね。小石川植物園さんから譲渡していただきました。初めて開花に成功したのが2012年。そこから2年間隔で開花していまして、5回連続を達成しています。

──5回連続ってすごいんですか?

遊川 これまで国内の開花は19例しかありません。さらに同じ個体の5回連続開花となると国内初、海外でも1例しか知られていません。ちなみに2014年に咲いた時の高さが272cmと、日本一の大きさも当園で達成しています。

──インドネシアと日本では環境が違うので、栽培が難しいのでしょうか。

遊川 気温や湿度という面でいえば、現地に近い環境を再現しています。環境の再現が難しいというよりも、そもそも情報が少なく、まだ育成方法が確立されていないのが栽培の難しさの大きな理由です。ショクダイオオコンニャクの苗が日本の植物園に少しずつまわりはじめたのがここ10年のことですから。各植物園が試行錯誤しながら育てながら、ノウハウを蓄積しているという状況です。

意外と繊細な植物なんです。

──5回連続の開花に成功できた理由って、なんでしょうか?

遊川 最大の理由は、栽培担当職員の毎日の見守りです。ちょっとした変化を見逃さないためには、いつも目をかけることが大切。コンニャクを我が子のように思って見守るすばらしい職員がいればこその開花です。それとともに、技術的なことでいくつか心がけていることはあります。その1つが、できる限り大きな鉢に植えることですね。ショクダイオオコンニャクは塊茎(芋)が大きいため、現在は直径154cm、深さ70cmのFRPというプラスチック製の浄化槽に植えています。

また、ショクダイオオコンニャクは花が枯れてしばらくすると巨大な葉っぱが地上に現れますが、約1年後には葉が枯れます。それから半年あまり地下で芋は休眠します。この成長と休眠を繰り返して、やがて花が咲くのですが、私たちは落葉後の休眠期は水をあげていません。水が多すぎると腐ってしまうのを恐れてのことです。休眠期も水をあげる方がよいという人もいるので、どちらがよいか定かではないのですが。そして3つめが、害虫対策ですね。

──どのような虫なのですか?

遊川 線虫です。コンニャク類には天敵となります。芋に寄生するとコブをつくり、生育がひどく悪くなるんです。しかも、一度寄生されてしまったら取り除くことが難しいんですね。そのため殺虫剤を土に混ぜる、芋が休眠して次の新しい芽が伸び始める直前に、まっさらな土に取り替えることで、線虫が寄生するリスクを下げています。

──結構手がかかるんですね。

遊川 これらのポイントを守ったとしても、確実に開花するとは言えないんです。ナメクジにかじられたところから腐ってしまった、休眠中に土を掘り返してみると、芋が腐ってしまっていたといったこわい話がいろいろあります。一見、カラダが大きく丈夫そうに見えるのですが、なかなか気難しい植物です。

──育成方法が確立していないぶん、まだまだ苦労も多そうです。

遊川 ライフサイクルでも想定外のことが起こります。たとえば、これまでは約2年おきに咲いていたのですが、2020年の開花は、予定より5ヵ月ほど早く開花しました。なぜ早く開花したのかも、これから研究が進めば解明されていくでしょうね。他の植物園では芋が大きく元気に育っても咲かないところが多く、これも大きな謎です。

また苦労といえば、余談になるかもしれませんが、ショクダイオオコンニャクって突然咲くんです。正確な開花予想もできないので、夕方に開花を始め夜中に記者発表ということもあります。咲くと1万人近くの方が来園されます。そのための駐車場の借り上げや警備員の手配もあらかじめ段取りできないので、事務の方たちもたいへん苦労されています。

──咲くのは数年に1度で、開花期間はたった2日間。しかも異様に大きくて臭い。生存競争という面からみると、なんだか不利な進化をしているような。

遊川 面白いですよね。でも、ショクダイオオコンニャクがこのような進化を選んだのも、ちゃんと理由があるはずなんです。たとえば、数年に1度しか咲かないのはなぜだと感じるのは、日本ならではの感覚なのかもしれません。日本は、1年の四季が明確です。しかし、赤道直下の熱帯は年中同じような気候が続くわけです。そうなると、1年というリズムにあまり意味がなくなってくるんです。

また、植物にとって重要なのは、虫や鳥に花を見つけてもらって花粉を雌しべに運んでもらい命をつなぐことです。サイズが大きくて強い臭いを出せば、虫や鳥から見ても目立ちますよね。ディスプレイの役割を果たすことができます。実はショクダイオオコンニャクの花粉の運び手は、スマトラに生息するアカモンオオモモブトシデムシという特定の種類のシデムシだけです。ショクダイオオコンニャクがこのような花に進化したのは、このシデムシが関係しています。

──シデムシとは?

遊川 甲虫の仲間ですね。動物の死体を餌とする虫です。ショクダイオオコンニャクがあのような色とカタチに進化したのも、シデムシをおびき寄せるために動物の死体に似せた可能性が高いのです。

──先ほど動物の死体のニオイがするというのも、もしかしてシデムシのため?

遊川 えぇ、ショクダイオオコンニャクが強烈なニオイを発生させるのは夜中だけなのですが、シデムシも夜行性です。

──ショクダイオオコンニャクにとって、シデムシが一番受粉に都合の良い昆虫なのでしょうか?

遊川 死体をモデルとしている花だけにハエなども集まってきますが、もっぱらアカモンオオモモブトシデムシが受粉に役立っていることが観察されています。ですからこのシデムシが絶滅してしまえばショクダイオオコンニャクも絶滅してしまう可能性が高いでしょう。地球に住むすべての生物はひとつの種だけでは生きていけません。他の生物と助け合ったり、食べたり食べられたりと、相互に関わりあって生態系がつくられています。そのため1つの生物の種の絶滅が、他の種の絶滅につながります。生物多様性の大切さを「知る」「守る」「伝える」ことを使命としているのが、筑波実験植物園なんです。

めざせギネス記録!

──ショクダイオオコンニャクに限らずですが、植物の栽培は難しそうに感じます。動物の育成と違って、感情や変化がわかりにくいというか。

遊川 いえいえ、そんなことありませんよ。植物にだって顔色があります。

──植物の顔色ですか。

遊川 日々姿は変わっています。そこに気づけるかどうかが、もしかしたらセンスなのかもしれません。ノウハウや冷静かつ論理的な判断も大切ですけれど、日々の植物のちょっとした変化を面白いとか楽しいとかを感じる感受性が大切だと思っています。ショクダイオオコンニャクは1日で10数cm成長することもありますから、じっとしているように見える植物の中では変化が分かりやすいですね。来園されるお客さまにも、あっという間に姿を変え、ぱっと咲いてすぐに枯れていく、いのちのうつろいを楽しんでほしいです。

──先ほどおっしゃっていた筑波実験植物園の「伝える」にもつながりますね。

遊川 そうですね、日本国内はもちろん世界の植物を7000種ほど育てています。植物の研究は、対象とする植物を知るだけではだめなんです。ひとつひとつの植物の種の性質を正確に把握するには、周りで競争しているライバルとなる植物の種の性質、さらには、どういう虫が花粉を運んでいるのか、どんな微生物と共生しているか、どういう環境が好きなのかなど、ひとつの植物を取り巻くありとあらゆるものを研究して正体を明らかにしていくことが必要です。こうした研究を筑波実験植物園ではおこなっています。

──ちなみに、遊川さんはどのような研究をされているのですか?

遊川 私は、ラン科の進化の研究をしています。世界にはたくさんの野生の種類があり、約3万種といわれています。植物の世界ではキク科と並んでもっとも種数の多いグループです。いったいいつどのように進化して、多種多様な姿に進化したのか、爆発的に種の数が増えたのかということに興味をもっているんです。筑波実験植物園だけでも、3000種のランを育てています。学生時代は、毎日1種新しい種を見ようと思っていたのですが、よくよく考えると、そのペースじゃ一生かけてもすべてのランを見ることができないですね(笑)。

──それでは最後に、ショクダイオオコンニャクの栽培において今後の抱負はありますか?

遊川 分かっていないことはたくさんあります。たとえばショクダイオオコンニャクの花が咲いたあと果実ができるのですが、どのように命をつないでいくのか、そのプロセスがまだよくわかっていないんです。一説にはサイチョウというくちばしの大きな鳥が果実をついばみ消化し、糞に混ざったタネで広がっていくのではと言われていますが、果たして本当なのかどうか。

他にもいろんなコンニャクの種類があるなか、どうしてこの種だけが巨大になったのか。まだまだ、謎の多い植物ですから、一つずつ解明できればいいですね。あとは、6回連続の開花、そしてどこまで大きくなるかですね。多少、プレッシャーは感じていますが(笑)。ショクダイオオコンニャクの高さのギネス記録が310cm記録があるので、ギネス更新もめざしたいです。そしていつかはスマトラ島に行って、野生のショクダイオオコンニャクの花が咲いている瞬間の場に立ち会いたいなぁと思っています。

筑波実験植物園では、ショクダイオオコンニャクの開花の様子をブログ・動画で公開しています!ぜひこちらもチェックしてみてください。
http://www.tbg.kahaku.go.jp/news/konnyaku/index.php

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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