私たちが生活の中で、当たり前のように触れているのが「泡」という存在。そんな泡を繊細にコントロールする技術で世界をリードする花王の研究所では、革新的な商品につながる研究開発が、日々コツコツと行われています。
そこではいったい、どんな人々が、どんな想いを胸に働いているのでしょうか? 今回はRikejoでアンバサダーをつとめる現役理系女子が、花王で働くリケジョの先輩を直撃インタビュー! 研究生活の楽しさや仕事にかける情熱を語ってもらいました。
今回、取材に応じてくれたのは、研究開発部門でスキンケア研究所に所属している、加賀谷真理子さん。
加賀谷さんは、花王内で親しみを込めて「泡博士」と呼ばれている同社マテリアルサイエンス研究所の坂井隆也主席研究員のもとで企業研究者として研鑽を積み、「洗浄の常識を変えた」ある技術の開発に携わった研究者なんです。
── 学生時代は、どんな勉強をされていたんですか?
「有機合成といって、機能性を持った化合物を作る研究をしていました。とくに、アドレナリンを認識して働く化合物をテーマにしていたんですが、そうした研究は製薬メーカーなどで新しい薬が作られるときなどに役に立つんです」
── うーん……。花王でのお仕事とは、ずいぶんちがう印象なんですが、なぜ花王に就職しようと思われたんですか?
「そうですよね(笑)。実は私、ビューティー分野への憧れがずっとあって、何かビューティーにかかわる仕事をしたいと考えていたんです。でも学生時代には、それと自分の専門である有機化学をどうつなげていけばいいのか、あまりイメージがわかなかったんですね。
小中学校の頃から、国語や社会は苦手だけど理科が好きで、高校で化学に出会ってその面白さに魅かれて、大学や大学院でも化学を専攻したんです。でも、それが自分が働くこととは、まだはっきりとは結びついていなくて。
ただ、自分が向いていること、できることはなんだろう、と考えたとき、『じっくり何かに取り組むことには向いているかな』と思ったんです。それなら、基盤研究に取り組める企業はないだろうかと。研究生活の中で、花王の基盤研究部門の方が発表したものに触れることなどもあったので、ここならビューティーという夢に、基盤研究という自分の得意分野を活かして近づくことができるんじゃないかなと考えました」
── 花王に入って取り組んだのは、どんな研究だったんですか?
「入社2年目に坂井研究員の率いる界面科学のグループに配属されて、衣料洗浄、つまり服をきれいにする洗浄の研究をはじめました。同じ化学とは言っても、汚れを落とす界面活性剤の機能などを考える界面科学と、学生時代からやってきた有機合成というのは、まったくちがうので、界面科学については本当に初歩から勉強するような状況でしたね。
衣類につく汚れの中でももっともポピュラーなのが、服を着る人からつく皮脂。とくに黄ばみやすい襟の汚れなんかは、衣料洗浄では『永遠の課題』と言ってもいいくらい(笑)。そうした皮脂による汚れを、より効果的に落とせる化合物はないか、いろいろ試して探索するという地道な作業をやっていました」
そんな加賀谷さんが、新しいプロジェクトの一員に任命されたのは、衣料洗浄に取り組み出してから1年後。花王の看板商品のひとつである全身洗浄料の刷新プロジェクトだった。
── どんなプロジェクトだったんでしょう?
「一口に『洗浄』と言っても、いろいろあって、たとえば衣料洗浄では、とにかくきれいにすることが求められます。でも人の肌をきれいにする皮膚洗浄では、皮脂が全部取れてしまったら、正常な肌の状態を保てませんよね。なので、科学的に厳密に汚れと言われる成分を落としてしまうことよりも、肌へのやさしさを残しながら、余分な汚れをすっきり落とすことが求められます。
このときに私が研究所を代表してプロジェクトに持っていったのが、『自発洗浄』という現象を起こす物質でした。
とても簡単に言ってしまうと、皮膚についている汚れというのは、古くなった皮脂が塊になったものです。水と油はそのままでは混ざらないので、単にシャワーを浴びたりしても、この皮脂は落ちません。そこで、油にくっつく性質と、水に溶ける性質の双方を持つ、界面活性剤が重要になってくるんです。
ところが、よく皮膚洗浄に使われる石鹸やその他の界面活性剤を使っても、皮脂汚れはあくまでも水と混ざらない油のままなので、タオルなどで皮膚をこすらなければ皮脂汚れをすっきり落とすことはできませんでした。
ところが、私たちが使ったEC(アルキルエーテルカルボキシレート)という物質なら、皮脂の塊をくっつけているドロドロの液体脂に接触すると、自発的に「ラメラ液晶」というものを形成するんです。「ラメラ液晶」は水・脂質・水・脂質……と、水を境目にして脂質が層状に並ぶ構造になっていて、この境目に水が流れ込むことで皮脂の塊が崩壊します。
これによって、皮膚をこすって刺激することなく、やさしく洗浄できるようになったんです」
── すごい成果ですね! ところで、加賀谷さんは「研究所を代表してプロジェクトに参加した」ということでしたが、他にはどんな人が参加していたんですか?
「私たち基盤研究の部門の他に、商品開発部門の人などが集まっていました。基盤研究の人たちは、基本的に、なんでも科学の言葉で説明できるように研究を進めて、客観的な情報から未来に使える技術を探すのが仕事です。
一方で、商品開発系の人たちは、そうした内容がお客さまにどう伝わるかを大事にしています。ユーザーから集まった感想や自分で使ってみた感触をベースに、新しい商品作りについて考えるんですね。
最初は、そういう感覚のようなものを聞いて、『え、それってどういうことなの?』と思ったりもしました。データで語れないことなので(笑)。ただ、一緒に仕事をして、お客さまの声も直接聞かせてもらったりするうちに、そうした一般の人の実感を科学に落とし込んでいくのも、面白いなと感じるようになったんです」
── 研究室の中だけじゃなく、世の中と直接つながるお仕事ですね。
「そうですね。でも、どちらがいいかということじゃなくって、両方が大事だと気がついたと言ったほうがいいかもしれません。
花王の商品開発プロジェクトって、スタートははっきりしているけど、実は終わりは割とゆるいんです。それというのも、『新製品ができました、はいおしまい』ではなくて、そのプロジェクトの中で生まれた成果とか、新しい発見を、基盤研究の部門の人たちが『それはどういうことなんだろう』『あの課題は解決できないだろうか』と、ずっと考え続けていくんですね。
そうやって、ひとつのプロジェクトからいろんな知識が基盤研究の部門でしっかり科学の言葉で体系づけられて、また別のプロジェクトで使える成果を生んでいくんです。その成果を商品開発系の人々が、お客さまと結びつけていく。そういうサイクルが大切なんじゃないかなと思っています」
── 今、加賀谷さんが所属されているスキンケア研究所は、基盤研究と商品開発でいうと、どっちなんですか?
「それは商品開発のほうですね。皮膚洗浄の分野を通じて、本格的にビューティーに近づいたので、私としてはまた大きく夢に近づいています(笑)。
でも、やっぱり基盤研究でつちかった感性が私の中で生きていて、面白い現象や触ってわかる現象に出会うと、うれしくて仕方ないんです。『あ、この感じは、いま分子がこんな風になってるな』というイメージが頭の中にちゃんと浮かんできて、そういう日常、感じることに感動しながら過ごしています」
── 私自身も理系学部で学んでいて、いつか世の中に自分の生み出したものを届けたいと思っているんですけど、加賀谷さんのお話を聞いて、自分のこれからが楽しみになりました。
「そう言ってもらえると、うれしいですね。とくに、日本では理系女子がまだまだ少ないなんて言われますけど、科学の世界に入ってしまえば、そこには男子も女子もあまり垣根はないような気がします。
私も学生時代は、ものすごく重い廃液を捨てにいく係を、男子学生と平等にやっていましたし(笑)。花王に入社したあとなんて、むしろレディー・ファーストで驚いたくらいです。もう女性の上長も多くなっていますし、女性研究者も多いので、職場ではいつも誰かが産休に入っているような印象もあるくらいですよ。
だから、若いみなさんが活躍するこれからの時代は、もっと可能性がひらけていくのかなと思いますけど、もしアドバイスをするとしたら、そうやって『自分なりの充実した生き方を選び取れる環境を選んでいくこと』なんじゃないかな、と思います」
── ありがとうございました!
その姿に、インタビューした現役リケジョも強く魅かれたようです。今はまだ、何をしていいかわからず迷っているみなさんも、それぞれの夢に向かって、まずは一歩、歩み出してみませんか?