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水から出してはいけない「宝石」

“海の宝石”とも呼ばれるウミウシをあなたは見たことがあるだろうか。

昔は、ウミウシと言うと、「海牛」と変換されてジュゴンやマナティーなどの水生哺乳類を想像されたり、唯一ポピュラーなウミウシの仲間であるアメフラシを思ってか「ああ、ナマコ?」と返されたりしていた(そして、アメフラシはナマコではない)。

けれども、この十数年の間に美しい写真集や図鑑が相次いで出版されたのもあってか、最近では「ウミウシってかわいいよね」と言われることが増えた。

実物を見たことはなくても、本屋やテレビでその姿を見たという人もいるだろう。ビビットな配色と繊細な造作はガラス細工を彷彿とさせる。

しかし、実際の体は思いのほか柔らかい。水から出すと、頭部のツノや背中にある花びら型の鰓などの細かいパーツは全て体に貼りついて、見るも無残な姿になってしまう。浮力のある水中だからこそ叶う美しさなのである。

ウミウシPhoto by iStock

ウミウシは軟体動物。巻貝の仲間である。

その証拠に、プランクトンとして過ごす子ども時代には、他の巻貝の子どもと同じ形をしている。しかも、この頃は貝殻を背負っている。大人の姿に変わる時が来ると、彼らは貝殻を脱ぎ捨てるか、体に吸収するなどして貝殻から解放される。

「ウミウシ」という呼称は、貝殻がないか、あっても目立たない巻貝の仲間に対して広く使われている。

そう聞くと、ナメクジのことを思い出すかもしれない。貝殻のない巻貝のうち、陸上にいるのがナメクジ、海にいるのがウミウシだと思ってもほぼ問題ない。
(2015年に初めて陸で暮らすウミウシの仲間が発見されるなど、例外はある)

ただし、両者は分類上少し遠い関係にある。その証拠の一つとして、目の位置が違う。ナメクジはカタツムリと同じでツノの先端に目があるが、ウミウシの目はツノの根元だ。

目が見当たらない種類も多い。あんなに派手な色をしているのに、本人には目がないというのも不思議なものだ。

真ん中に並ぶ2つの黒い点が、ウミウシの目真ん中に並ぶ2つの黒い点が、ウミウシの目 Photo by iStock

あまりに多様すぎる食性

写真を見て、実物をこの目で見たい! と願う人もいるだろう。

水族館に行けば必ず見られるかというとそうでもない。むしろウミウシを展示している水族館の方が珍しいかもしれない。

人気が出そうなものなのに飼育されていないのは、ウミウシの餌に理由がある。

ウミウシの食性は多様である。人間のように様々な種類のものを食べるという意味ではない。種によって、食べるものが大きく異なるのだ。

ざっと挙げるだけでも、海藻、カイメン、コケムシ、クラゲ、ヒドロ虫、ヨコエビ、ゴカイ、ホヤ、クモヒトデ……。中には、ウミウシの卵を食べるものや、他のウミウシを食べるウミウシまでいる。

そして、例えば海藻を食べる種であっても、特定の数種類の海藻しか食べないという偏食家タイプが多い。だが、そうかと思うと、砂地に住むウミフクロウ類のように、分類群をまたぐ様々な動物を手あたり次第食べてしまう雑食のものもいる。

とにかく色んなタイプがいるのだ。

食事で「葉緑体を盗む」って?

ちなみに、ウミウシそのものも多様である。日本国内で見られるものだけでも、1000種は軽く超える。世界では5000種以上になると言われている。まだ未記載種がごまんといて、既知種であっても詳細な食性まではわからないものもある。

何を食べるかがわかったとしても、餌の確保が問題だ。海藻ならば簡単だろうと思うかもしれないが、海藻を食べるウミウシはアメフラシの仲間、もしくは海藻と同じ緑色で、観客が望んでいるようなカラフルなものではない。

だが、そんな緑色をしたウミウシ達には驚くべき能力がある。海藻を食べる嚢舌目(のうぜつもく)のウミウシ達だ。「嚢」は袋、「舌」は彼らの歯である歯舌(しぜつ)を意味する。

ミドリアマモウミウシの歯舌ミドリアマモウミウシの歯舌 Photo by 熊谷香菜子 

彼らは歯を使い捨てながら海藻を食べていくのだが、なぜかご丁寧に使い終わった歯をしまっておく袋を備えている(写真左の丸められた歯が袋に収められた部分にあたる)。そんな彼らは「盗葉緑体」(とうようりょくたい)をする。読んで字のごとく、葉緑体を盗むのだ。

人間にたとえて説明すると、「レタスを食べたら、普通に消化吸収して栄養にするだけでなく、壊れなかった葉緑体を消化せずにそのまま体に取り込んで、レタス色の肌になる」ことができる。

人間が食べるように、むしゃむしゃと葉っぱを噛んだら葉緑体が壊れてしまうが、彼らはそんなことはしない。体に対して縦一列に並んだ歯のうちの1本を使って、まず海藻の細胞壁に穴をあける。そしてそこから海藻の細胞質をチューっと吸って食べるのだ。

食べられた海藻は細胞壁だけが残されて透明な“抜け殻”のようになってしまう。

海藻と同じ色になれば敵から見つかりにくくもなるだろう。実際に、このグループのウミウシが餌である海藻にくっついているところを見つけるのはかなり骨の折れる作業だ(慣れてくると“ウォーリーをさがせ”のようで少し楽しくもある)。

葉緑体を体内に保持できる期間は数日から数ヵ月と、種によって様々だ。そして、種によっては、盗んだ葉緑体の光合成機能を保ち続け、得られる光合成産物を栄養補助食品のように活用しているという。なんと羨ましい能力だろう。

食べるな危険、も平気で…

違うものを盗むグループもいる。かさじぞうに出てくる蓑を身に着けたように、背中がふさふさしたミノウミウシの仲間たちだ。

彼らの餌は、クラゲやヒドロ虫といった刺胞動物(しほうどうぶつ)。刺胞動物は、毒液と長い針が詰まったカプセル型の武器である刺胞を持つ。クラゲに刺される、というのは、触手に触れるなどしたときに放出された刺胞の中から、針が毒液と共に飛び出して肌を刺した状態だ。

サカサクラゲの刺胞サカサクラゲの刺胞

だから、擦ったり、真水で洗ったりすると、まだ針を発射していなかった刺胞にまで刺激を与えることになり、事態が悪化する。

ミノウミウシは、そんな刺胞動物をむしゃむしゃと食べてしまう。そして、その中に含まれる発射していない刺胞を消化することなく体内に取り込み、今度は自分の身を守る武器として背中のミノに集めてしまう。

中でも、アオミノウミウシは猛毒をもつカツオノエボシを食べる。そして、他にも数種類のクラゲを食べるにもかかわらず、最も毒性の強いカツオノエボシの刺胞、それも大型のものだけを選択的に蓄えているという。

カツオノエボシは大きな気泡体で海面に浮かんでいるため、アオミノウミウシもそれに合わせて、腹を上にして海面を這うような格好で暮らしている。ブルードラゴンとも呼ばれる美しい姿をしているが、万が一、浜辺に打ち上げられたアオミノウミウシを見つけても、絶対に触ってはいけない。

アオミノウミウシアオミノウミウシ Photo by iStock

磯で逢おう!

美しく、盗みが達者なウミウシ達。やっぱり実物に逢いたい! と思ったなら、ウミウシ達のホームグラウンドである海へ行こう。

ウミウシはダイバーに人気だ。ウミウシを得意とするショップを探してダイビングに出かけるのもよい。

だが、ダイビングをしなくても出逢える場所がある。磯である。

磯(葉山)磯(葉山)

磯遊びの必須事項は2つ。まず、潮汐表を見て、大潮前後のよく潮がひく日の、最も引く時刻を狙って出かけること。

2018年8月11日の横須賀では、10:58に9cmまで潮が引くが、17:40には184cm(気象庁潮位表より)と、大人の身長ほどの差が出る。ウミウシは干上がったら死んでしまうので、常に水がある場所を探さなくてはならない。潮位が高いと彼らがいる場所までたどり着けないため、時間帯は重要だ。

次に、装備を万全にしていくこと。磯の岩は滑りやすく、鋭い箇所もあるし、クラゲやオコゼの仲間など毒を持った生物がいる可能性もある。

決してビーチサンダルに水着だけといったプールサイドスタイルで行ってはならない。足元はしっかりと足全体を覆えるスニーカー等で守り、手には軍手やグローブを。なるべく肌を露出しない服が良い。

夏は、帽子やタオルで頭と首を守り、水分を持参するなど、熱中症対策も忘れてはならない。

あんなに派手な姿をしているのに、ウミウシ達を見つけるのは意外にも難しい。ぐっと姿勢を低くして、岩陰や海藻の下などを根気強く探す必要がある。

見たい! という強い意志があるならば、博物館やNPOが開催している磯の観察会に参加することをおすすめする。プロの眼と多くの参加者で一緒に探したほうが見つかる確率は高まるし、何より磯遊びのイロハを教えてもらうことができる。

そして見事ウミウシを見つけることができたとしても、連れて帰ることはやめよう。前述のとおり、ウミウシを飼育することは難しい。そしてなにより、ウミウシは海にいるときの方が生き生きとしていて100倍かわいい。

思い出に持って帰るのは写真だけにして、そっと見つけた場所に返してやってほしい。逢いたくなったら、また海に来て探し出せばいいのである。

筆者らが磯で見つけたウミウシ筆者らが磯で見つけたウミウシ